住宅分野で多用されている地盤補強工法の一つに、柱状改良工法があります。
この工法は非常に便利な工法なのですが、“安い”という固定概念がつきまとっています。
しかし、その考え方はやめた方がよいと思います。
地盤改良工事は、建築物と違って維持管理ができないので、住宅の寿命と同じ期間、補修することなく安全であり続ける必要があります。
そのような品質で改良体を作るためには、一定以上の費用は必ず必要になります。
今回は、前回に引き続き、柱状改良工法でのトラブルの内容を紹介するとともに、国土交通省の土木工事積算基準に基づいて試算した柱状改良工事の費用を参考にしながら、柱状改良工法の品質と費用について考えていきたいと思います。
前回のブログでは、柱状改良工法で発生するトラブルを3つ挙げ、その内の「改良体が固まらない」についてお話しました。
今回は、「改良工事をしたけど沈下した」、「固化材スラリーの噴出」についてお話します。
前回ブログ↓
これは、①スウェーデン式サウンディング試験の問題と②柱状改良の設計の問題とが組み合わさって発生するトラブルです。
①スウェーデン式サウンディング試験結果に問題がある場合
以前、当ブログでも紹介しましたが、スウェーデン式サウンディング試験は、地盤の強さを過大評価することがあります。
柱状改良体は底面積が広く、周面積も大きいので、改良体頭部に作用した力の多くを周面に作用する抵抗力(摩擦力)で支持し、改良体先端部には作用する力を小さく抑えることができます。
このため、鋼管のように直径が細い材料と違って、柱状改良体先端の地盤は比較的弱い地盤でも建物を支えることができます。
ところが、先ほど述べたスウェーデン式サウンディング試験の問題点によって、地盤の強さが過大評価されていると、周面抵抗力も先端地盤の支持力も期待できない状態となります。
地盤によっては、基礎養生中に傾斜角3/1,000を超える沈下が生じた例も存在します。
②設計に問題がある場合
住宅分野では、地盤改良工事の設計は、地盤改良工事業者が主に対応しています。
まれに、擁壁の底版上に改良体の先端を設置しなければならないことがあります。
地上高さ2mを超える擁壁の場合は、地盤上にある程度の荷重が作用することを想定して設計されているので、その荷重を超えない範囲であれば、改良体から伝わる荷重を擁壁底版上に作用させても、安全上問題のない場合があります。
ところが、この擁壁底版上に改良体先端を設置したものとそれ以外の改良体の支持機構に違いがあると、住宅は不同沈下します。
改良体の支持力は、改良体先端地盤での支持力と改良体周面での周面抵抗力の両方で発揮されることは、先にも述べました。
擁壁底版上で改良体を支持させる場合、先端支持力が主体となります。
もし、その他の改良体が周面抵抗力主体の場合、擁壁で支持された改良体と周面抵抗力で支持された改良体では、支持能力に差があるので、周面抵抗力で支持された改良体が、擁壁に支持された改良体よりも、より多くの沈下が発生することとなり、不同沈下が発生します。
これは、地盤改良設計のミスです。
これは、施工設備の管理状態に起因するトラブルの一つです。
夏場に稀に発生します。
固化材スラリーを圧送する経路のどこかから、固化材スラリーが噴出する事故です。
固化材は皮膚に付着すると火傷のような症状が現れます。
目に入れば直ちに洗浄しなければ、失明の可能性もあります。
自動車や家屋の塗面を痛めることもあります。
地盤改良で使用している固化材は、固化する速度が通常のセメントよりも早く設定されているので、夏場のように水分の蒸発が激しい時期は、固化材スラリーも固化しやすい状態にあります。
柱状改良体の施工中には、固化材スラリーが管路にある状態で、数分間工事を停止することがあります。
お昼休みをとる場合は、管路の固化材スラリーをすべて排出した後、管路を一度水洗いします。
また、工事の直後は、管路はもちろん、スラリープラントもよく水洗いし、スラリーをきれいに洗い流します。
このような対応をしても、固化材スラリーを貯留するアジテーターという容器にはスラリーが固結する箇所が現れるので、作業員が、プラントを定期的に点検・清掃し、固結したスラリーを取り除きます。
ここまで丁寧に施工設備の管理を行っていれば、固化材スラリーの噴出事故の発生はかなり予防できますが、忙しい時期には施工設備の定期的な検査が行えないという状況も現れます。
このような状況が続くと、固化材スラリーの圧送経路内に固化材スラリーの固化したものが流入し、これが元となって管路内に閉塞箇所が生まれます。
固化材スラリーは、比較的高い圧力で圧送していますから、管路が閉塞されて、管路の断面積が小さい箇所が生まれると、管路内の圧力は急激に上昇します。
この状態に気づかずに放置すると、管の接続箇所のどこかで固化スラリーが噴出します。
このトラブルの原因は、日常的な施工設備の整備不足と作業時の施工設備の不適切な取り扱いによります。
毎日の清掃と定期的な点検が行われていて、施工現場においても施工設備を適切に取り扱っていれば、固化材スラリーの噴出が発生する可能性は非常に低いと言えます。
しかし、工事費用が安く、一つの工事で十分な利益を出せない場合、1台の施工機械を、週に5から6日間フル稼働させる必要があります。
また、地盤改良業者は、利益を出すために、朝早くから夜遅くまで工事を行い、本来2日間の施工工期を1日に圧縮するなどの対応をしているはずです。
このような状態では、施工設備のメンテナンスは疎かにならざるをえません。
地盤改良業者によっては、管路内の圧力が一定レベル以上になると警報がなる仕組みやポンプが圧送を停止するシステムを組み込み、施工トラブルの回避に努めています。
消費者の皆様からの「地盤改良工事の費用が高い」という声をSNS上で目にします。
私の知っている市場価格は数年前のものなので、柱状改良工法を行った場合の工事費用を、公共工事を参考に試算してみました。
参考までに示しますので、公共工事での地盤改良工事費用を確認してください。
算出した工事費は、地盤改良業者の工事見積金額です。
工務店が消費者に提示する金額にはさらに工務店の管理費が上乗せされますが、ここでは、その費用は考慮しません。
表-1 国土交通省単価から推定した一般的な木造二階建て住宅での柱状改良工事の工事費用(工務店の管理を含まない(主に東京周辺の地域))
※1 材料費以外の直接費から算出した雑費
※2 運搬費等、対象工事の運営に必要な費用
※3 労務・安全管理等、対象工事を安全に行うために必要な費用
※4 工事会社の維持に必要な費用
さて、普段目にする見積書の金額に比べて高いでしょうか?安いでしょうか?
公共工事で設定される労務単価は、民間工事で設定されるものに比べると高いので、上記金額は、工務店の方々が普段目にする地盤改良費よりも高いのではないでしょうか?
ここで重要なことは、国発注の工事では、この程度の費用が認められるということです。
国土交通省は、ここで示した時間と人員を投入しなければ、国として発注する工事として適切な品質の成果を得ることは難しいと考えています。
公共事業の入札では、一般的に示されている工事に要する時間を短縮できる独自の技術を開発することで、他社との競争優位性を確保しています。
住宅の地盤改良工事でも、他社よりも施工速度を早く行うために独自の掘削ビットや施工工程を開発している企業もあります。
しかし、その他の企業は、一般的な設備で一般的な工事を行っているだけです。
このことから、独自工法を持たない地盤改良業者の工事費が、表-1よりも安くなる場合、その原因は、以下の2点が考えられます。
1.は、企業間による差異は小さいと思いますが、2.は企業間によって大幅に異なることが予想できます。
独自技術の開発や積極的な営業展開に必要な費用は工事の利益を用いて行うため、そのような活動を行う企業の間接工事費や間接費は高いはずです。
また、現場管理費や事故発生時の補償対策費を十分に考慮している企業でも、間接工事費は増加します。
このため、工務店が、地盤改良費の適性を評価する場合、事故発生時の対応の良さや成果品に対する品質の確かさなども考慮する必要があります。
単純に安さにのみ焦点を当てると、施工管理も品質管理も不十分な工事が行われ、将来に禍根を残すことも起こりえます。
さて、このように地盤改良には相当な費用が必要ですが、この見積書の中には、最も重要な費用が含まれていません。
固化材の配合を決めるための配合試験費用、施工完了後に、改良体から全長コアを採取する費用、そして全長コアからサンプルを切り出して強度試験を行う費用等、品質検査に要する費用です。
前回も書きましたが、一般建築物では、配合試験や全長コア採取などを行うことが必須ですが、住宅では行いません。
これを行っていないので、完成した改良体が間違いなく所定の品質を満足していることを断言できません。
このことは、よく記憶にとどめて頂きたいと思います。
地盤改良工事は、現場一品生産です。
中でも柱状改良工事は、土を固化するという難しい工事なので、施工品質に十分に目を光らせておく必要があります。
施工品質を維持するためのポイントは、以下の3点です。
前編で示したように、住宅分野では、工事前に固化する土を採取してきて、適切な固化材配合量を決めるための配合試験を行わないことが一般化しています。
このため、使用する固化材の種類や固化材量は、地盤改良業者の経験に委ねられています。
私は、この慣習はやめた方が良いと考えています。
一般建築物では求められていることを、住宅でやらない正当な理由はありません。
しかし、この慣習を継続するのであれば、少なくとも、土質に対してどのような固化材を使用するのか、固化材量はどの程度添加するかについて関心を持ち、地盤改良業者の設計内容に目を光らせておく必要があります。
先ほど示したように、適切な施工管理基準を適用すれば、1日に施工可能な地盤改良体の長さは120mが限界だと考えられます。
現場の負担を考えれば、1日施工長さ100m程度が妥当な施工長さだと考えられます。
多くの地盤改良業者は、受注競争に勝ち抜くために、この限界を超えて施工をしています。
確かに熟練のオペレーターの場合、施工に無駄がありませんので、1日に120mを超えた施工は可能です。
しかし、施工速度は、柱状改良体の品質に大きな影響を及ぼします。
このため、例えば、3社から発行された工事見積書から、2社が工期2日、1社が工期1日と見込んでいる場合、施工には2日必要と考えるようにしましょう。
住宅以外の一般建築物では、柱状改良工法を採用する場合、築造した改良体から、ボーリングマシンを使って全長コアを採取することが必須となっています。
私は様々な柱状改良体の全長コアを見てきましたが、施工管理基準を守って施工をしていても、攪拌状態の悪い改良体は出てきます。
これは、改良体の品質が、土質、配合(固化材と水の量)、施工工程等と複雑に影響しあうためです。
このため、住宅分野でも全長コアの採取に基づく品質検査を導入することを強く推奨します。
現在の住宅分野での品質検査はモールドコアによる検査ですが、この検査方法では、改良体の連続性や均質性を把握することができません。
このことは、住宅分野での地盤改良業者の品質に対する意識の低下を招く恐れがあります。
なぜなら、自分たちが作ったものを目で確認する機会がないからです。
「施工基準に従わなかったことで、改良体の品質が劣化した」という経験を持つオペレーターは、施工管理基準を守ることの重要性を強く認識しています。
2回に渡って地盤改良の代表的工法である柱状改良工法に注目してきました。
この工法は、住宅のための地盤補強工法としては、汎用性が高く優れた工法です。
しかし、住宅分野での使われ方は、好ましい状況とは言えません。
その理由は、以下の3点です。
特に、配合試験と品質検査方法については、改善が必要だと私は考えています。
このような慣習は、発注者側の意識改革が必要です。
住宅の長寿命化を進めるのであれば、上記3点の徹底管理は不可欠と言えます。
地盤改良工事は、安くできる工事ではありません。
「理由なき低価格」工事を誘発させるのは発注者と消費者の無知です。
皆さんが品質について高い意識を持つことで地盤改良業者は育ちます。
どうか、地中に今一度目を向けて頂けますようお願いいたします。
神村真