• 地盤の専門家神村真による宅地防災の情報発信サイト

防災の日は過ぎ去りましたが、これからは台風シーズンです。

水害の多い季節になります。

今回は、住宅性能表示制度の基準を見ながら、日本の住宅の災害(特に水害)に対する強さについて考えてみました。

  1. 構造設計における要求性能
  2. 日本の住宅は水害を考えて作られるのか?
  3. 住宅の劣化
  4. まとめ

1.構造設計における要求性能

図-1は、構造設計を行う場合に重要になる要求性能に関する概念図です。

図-1 荷重と変位の関係と要求性能

構造が破壊に至る直前の状態を「終局限界状態」、
破壊はしませんが直せる程度に破損する限界の状態を「損傷限界状態」、
破損することなく使用できる限界の状態を「使用限界状態」と呼びます。

構造設計では、対象となる建物を作用する力に対して、どの状態にするか?という要求性能を最初に設定します。

この要求性能は、住宅の場合は、法律が決めることになります。

どのような要求性能かというと、地震に関しては、
大規模地震に対して「終局限界状態に到達しないこと」、
中規模地震に対して「損傷限界状態に到達しないこと」です。

つまり、大規模地震が来れば、家はもはや修理しても直せない程度の損傷を受けるということです。

たしかに、丈夫な家を建てるにはお金が必要ですが、日本では大規模な地震は、いつでもどこでも発生することが想定できます。

そのような風土にあって、私たちの住宅は「大規模地震が来たら壊滅的被害を受ける」ことを前提に作られているのです。

このことを憂慮する人がいたのでしょう。

日本住宅性能表示基準では、建築基準法で定められる外力では安全に対して余裕がないので、想定外力を基準法よりも大きく設定しています。

地震や暴風で壊れない家を作るなら、建築基準法で定められている力よりも、より大きな力を考えてくれる建築士を選ぶ必要がある、ということですね。

2.日本の住宅は水害を考えて作られるのか?

日本住宅性能表示基準(国土交通省HP内)を見ると、最初に「構造の安定に関すること」として、

  • 地震
  • 積雪

についての基準が示されています。

構造の安定性を考える場合、自重以外の力として、上記の3つの力を考えて住宅を作りましょう、ということです。

ここに「水」は含まれていません。

図-2に、国土技術研究センターが示している標高と人口の関係図を示します。

【出典】国土技術研究センター:国土を知る>意外と知らない日本の国土> 低地に広がる日本の都市http://www.jice.or.jp/knowledge/japan/commentary06

図-2 標高と人口

この図からは、標高と正確な人口の関係は読み取れないのですが、日本国民の多くが、標高20m未満の地域に住んでいることが分かります。

このことは、多くの人が河川洪水や高潮、地震時には津波の被害を受ける可能性があることを意味します。

しかし、住宅設計では、冠水して水による力を受けることは考えられていません。

図-3は、洪水時に建物に作用する力を数値シミュレーションした結果です。

また、図-4には、このシミュレーションで得られた水の力と浮力の経時変化を示します。

考えられた浸水深は2m、建物の基礎サイズは、10m×10mです。

図-3 洪水時に建物に働く圧力の分布

図-4 シミュレーション結果(水圧と浮力の経時変化)

【出典】内堀和昭, 田村哲郎:水害時に構造物が受ける荷重の推定
第 29 回数値流体力学シンポジウム,1-3,
2015.https://www2.nagare.or.jp/cfd/cfd29/program.html

図-3から、上流側の建物基礎底面付近に高い圧力が作用していることが分かります。

また、図-4からは水によって建物に働く力は、流速が4m/秒の時に約250kN、浮力は2,000kNを超えていることが分かります。

日本建築学会の小規模建築物基礎構造設計指針に示されたべた基礎の検討用荷重を参考に、建物の重さを推測すると1,930kNとなります(木造二階建てとして算出)。

つまり、木造2階建て住宅は、このような洪水の中では、流されてしまうことが分かります。

近年の気候変動の影響は大きく、梅雨時や台風による豪雨の規模は、年々激しさを増しているようです。

上記のシミュレーション結果は、浸水深が2mを超えるようなところでは、住宅を建ててはいけないことを物語っています。

設計上、洪水による荷重を考慮しないということは、洪水によって冠水する場所に、家を建ててはいけない、ということなのでしょう。

法的な規制はなされていませんが…。

3.住宅の劣化

熊本地震では、耐震等級3を確保することで、倒壊を免れた事例が多かったことが報告されています。

しかし、住宅は時間とともに劣化します。

雨漏りや蟻害が劣化の大きな原因になります。

精密診断法による耐震診断では、このような劣化の影響を詳細に調査します。

定期的な耐震診断を行い、適切なメンテナンスを継続的に行うことで、建設当時の性能を長期間維持することが可能となります。

ただし、精密診断法は、構造に関する設計図書がしっかり保管されている必要があります。

新築住宅の引き渡し時に、設計図書一式を受け取ったら、大切に保管するようにしましょう。

また、最近は建物に作用した加速度を計測することで、住宅の健全性を確認するシステムの導入も始まっています。

このような技術は、近年急速に進化しているので、近い将来、住宅設備として一般化していくと思われます。

【参考】
佐田貴浩,岸本和貴,藤野崇史,野村健太郎:MEMS加速度センサによる住宅構造診断システム
パナソニック技報【11月号】NOVEMBER 2018 Vol.64 No.2
https://www.panasonic.com/jp/corporate/technology-design/ptj/v6402-gaiyo.html#section01_09

4.まとめ

基準法よりも大きな外力で設計すること

現行の基準では、基準法で定められる想定外力に対して何らかの損傷が発生します。

災害時に損害を出したくないなら、想定外力を割り増した住宅性能表示上の高い等級設定で構造設計しておきましょう。

河川の近く、浸水深2m以上の地域では、対策なしに家を作らないこと

水害時に住宅が冠水した場合、住宅には相当大きな力が作用します。

しかし、住宅の構造設計段階では、この力を考慮することはありません。

このことを考えると、1階が水没することが想定される地域では住宅を建てないことが望ましいと言えます。(かさ上げやピロティー構造の採用により、洪水による力の作用を回避できるなら問題ありません)

定期的にメンテナンスすること

住宅は劣化するので、定期的な状況確認とメンテナンスが大切です。


神村真



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