東日本大震災以来、液状化に関する危険度について、何らかの対応を行うことが求められていますが、法律で何かが厳格に定められたわけではありません。
平成13年国土交通省告示1113号には、「液状化や建物自重による沈下が建物に及ぼす影響について検討しなければならない」とされていますが、具体的な検討方法や基準が法律で定められているわけではありません。
国土交通省は、令和元年に「市街地液状化対策推進ガイダンス」として、技術的な基準を取りまとめてはいますが、ここで示された技術的基準が市場でどれだけ活用されているかは疑問です。
(この資料は、液状化のことを勉強する上でとても参考になるので、一読されることをお勧めします)
国土交通省HP:市街地液状化対策推進ガイダンス,2019.
https://www.mlit.go.jp/toshi/toshi_tobou_fr_000005.html
また、日本建築学会の「復旧・復興支援WG「液状化被害の基礎知識」8.法制度等から見た液状化」からも、液状化に対する法整備が不十分であることがよく分かります。
日本建築学会 住まい・まちづくり支援建築会議 情報事業部会:復旧・復興支援WG「液状化被害の基礎知識,2015.
http://news-sv.aij.or.jp/shien/s2/ekijouka/index.html
東日本大震災であれだけの液状化被害が発生したにも関わらず、具体的に何も変わっていないのは、住宅の耐用年数に関する考え方に問題があるからでしょう。
さて、今回は、液状化という現象を考えながら、スウェーデン式サウンディング試験だけでは、地盤のリスク評価は無理だな」ということを再確認してみました。
最初に書いておきますが、今回のお話はかなり難解です。
細かいことは気にせず読み進んで頂ければと思います。
地震時に地盤の中で何が起こるかについて書く前に、地盤は何でできているかについて触れなければなりません。
図-1に示すように、地盤は、「土粒子」と「水」と「空気」で構成されています。
地下水位以下では、空気は存在しないので、「土粒子」と「水」との関係が地盤の変形や強度に影響を及ぼします。
ここでは、話を少しでも簡単にするために、地下水位以下の「土粒子と水しかない状態」のみを考えることにします。
地震が起こると、地盤はゆさゆさとゆすられます。
この時、地盤は「せん断変形」します。
せん断変形すると、土粒子と土粒子の間にある隙間(かんげき)は、小さくなろうとするので、間隙の中の水(間隙水)は圧縮されます。
水は、非圧縮性流体といって、圧縮力を与えても体積が変化しない流体ですので、作用力に対して反作用力としての水圧(過剰間隙水圧)が生まれます。
図-2に、地震中の地盤内に発生する圧力の変化を表します。
地震が発生する前には、土粒子と土粒子の間には、土粒子の重さに起因する圧力$p$と、間隙水圧$u$として静水圧が働いています。
この時、土粒子間に作用する力は、$p-u$で表されます。
この力を有効応力$p’$と呼びます。
$p’=p-u$
ここに、地震によって、$q$という力が加わると、間隙水の圧力は、$q$と同じ大きさの$Δu$だけ増加します。
これを過剰間隙水圧と呼びます。
$p’=p-\left( u+\Delta u\right) $
地震動は、短時間に何度も繰り返し作用するので、過剰間隙水圧が蓄積されていきます。
すると、有効応力$p’$は、地震動が続くごとに低下していきます。
有効応力 $p’$ は、土粒子と土粒子の間に作用する力です。
有効応力$p’$ が小さくなるということは、土粒子がバラバラになりやすい状態に近づいていることを意味します。
1.で示した現象が、砂質土地盤で発生すると、どのようなことが起こるでしょう。
図-2に示すように、地盤に地震力が加わると、有効応力 $p’$ はどんどん低下していきます。
砂質土は、土粒子と土粒子の間に特別な結びつきがない土です。
このため、乾燥させると粒子ひとつひとつがバラバラになります。
このような土で有効応力$p’$ がゼロになると、土粒子と土粒子はバラバラになってしまいます。
この現象が「液状化」です。
つまり、液状化現象とは、地震力によって過剰間隙水圧が増加したことで有効応力 $p’$ が低下し、それによって、「土粒子間の接触が失われた状態」ということができます。
液状化の危険度を予測する時、地下水位と土質と地盤強度に着目します。
これは、地盤強度が弱く、有効応力の減少に耐えられない地盤が、地下水位以下の弱い砂質土だからです。
スウェーデン式サウンディング試験では、地下水位を正確に計測することが難しく、土質も正しく評価できません。
つまり、スウェーデン式サウンディング試験のみでは、液状化の危険性を予測することができないのです。
地震力を受けた粘性土地盤では、どのようなことが起こるでしょう?
液状化は、砂質土地盤の特徴で、「粘性土地盤が、地震時に問題になることはない」ということが一般的な考え方だと思いますが、これは正しい理解ではありません。
1.で示した現象は土質によらず普遍的に生じる現象です。
過剰間隙水圧の増加とその後の消散は、粘性土にも大きな影響を及ぼします。
粘性土は砂質土と違って粒子径が非常に小さく、粒子同士が電気的にあるいは化学的に結びついています。
このため、有効応力が低下しても、直ちに液状化することはありません。
しかし、地震動によって過剰間隙水圧が発生することに違いはありません。
この過剰間隙水圧によって水が間隙内から外に長い時間を掛けて移動することになります。
その結果、間隙が小さくなり、地盤の体積が減少します。
つまり、長時間に渡って地盤沈下が発生することになります。
完新統地層の粘性土(沖積粘性土)地盤、埋立地下部の正規圧密状態の粘性土地盤や腐植土を含む高有機質土のように外力に対して圧縮しやすい地盤では、過剰間隙水圧の消散によって地盤沈下が発生します。
このことは、専門家の間では、粘性土地盤で地盤沈下が継続することは、広く知られた事実です。
東北地質調査業協会:東日本大震災に関する技術講演会論文集,pp.41-66,2012.
風間基樹「2011年東北地方太平洋沖地震による地盤災害と復興への地盤工学的課題」
https://tohoku-geo.ne.jp/earthquake/index.html
図-3、4には、宮城県仙台市と千葉県浦安市での地震前後での地盤沈下の状況を示します。
図から、東日本大震災前後で、仙台市では約10cm、浦安市では約5cmの沈下が発生していることが分かります。
また、浦安市では、地震後に、年間5~6mm程度の沈下が継続的に発生していることが分かります。
仙台市:仙台市の環境(平成30年度実績報告書)[地盤・土壌]
https://www.city.sendai.jp/kankyo-chose/kurashi/machi/kankyohozen/chosa/kankyo/h30.html
図-3 仙台市の地震前後での地盤沈下状況
濁川直寛,浅香美治:千葉県浦安市比における2011年東北地方太平洋沖地震に伴う地盤沈下の長期観測, 清水建設研究報告, No.93, pp.112-119, 2016
図-4 浦安市の地震前後での地盤沈下状況
このような地震時の大規模な沈下や、長期沈下の発生の可能性についても、スウェーデン式サウンディング試験では予見することができません。
前述してきたように、 スウェーデン式サウンディング試験は、地震時に地盤の中で起こる現象を予測することは出来ません。
また、これらの現象は普遍的なもので、建物の大きさや重要性とは無関係です。
それにも関わらず、住宅の建設に当たったは、一般的な建築物よりもはるかに簡易な地盤調査のみで建物を設計することが認められています。
なぜでしょうか?
これは、住宅の耐用年数が短く設定されていることが関係しているように思います。
国税庁のホームページを見ていると、「主な非業務用資産の償却率」という表があり、木骨モルタル造の建物の耐用年数は30年とあります。
国税庁HP:「減価償却費」の計算について
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/saigai/h30/0018008-045/05.htm
30年で耐用年数を迎える建物は、厳格な調査や設計は不要ということのようです。
それも一理ありますが、これからもその考え方で進むのでしょうか?
各世代が自分の家族のために家を作り、30年で破棄する。
各世代が、常に住宅ローンを抱える。
そんな浪費を、次の世代が受け入れるのでしょうか?
私の曾祖父は約100年前に家を構え、祖父、叔父と、そこに住んできました。
家は、良いものを作れば、100年住み継ぐことができるのです。
住宅の耐用年数を30年として、新しい住宅の建設を喚起するシステムは、家族が多かった昭和時代には意味のあることでしたし、民間の貯金を市場に放出させるには良い政策だったでしょう。
しかし、大量の木材を30年という短期間で廃棄する仕組みを、これからの世界は、もう受容してくれません。
例えば、国連は、「持続可能な開発目標(SDGS)」を掲げています。
17の目標のうち、12個目の目標は「つくる責任・つかう責任」に関するものです。
世界は、有限な資源を適切に消費することを求めているのです。
国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所:持続可能な開発目標(SDGs)
https://www.jp.undp.org/content/tokyo/ja/home/sustainable-development-goals.html
また、現在、私たちは、100年前には住むことすら考えなかった場所に住んでいます。
このような状態では、地盤だけではなく、その場所で考えられるリスクをすべて抽出するだけの調査を実施し、それらのリスクを受容できる構造を設計しなければ、建物を100年の間無傷で残すことは困難でしょう。
住まいの作り手の皆様には、今一度、リスク評価の一つとして、地盤調査の重要性について考えて頂きたいと思います。
神村真