住宅を「販売」している人や地盤改良業者の人と話をするたびに「不安」を感じます。
地盤調査や地盤改良工事の発注または受注価格が、非常に低い場合があると耳にするからです。
事業者は「利益」が大切なので、原価を下げる必要があることは理解できます。
しかし、地盤調査や地盤改良工事は、現場一品生産ですし、やるべきことは、現場毎に大きく変わらないので、作業内容が類似したものなら、最低価格はほぼ一定だと思います。
ですから、「びっくりするほどの低価格」を実現するためには、何かを差し引くしかないのではないかと考えますので、提供された成果品の品質が気になってしまいます。
今回は、地盤調査や地盤改良工事の品質を維持しつつ、適正な価格でこれらを発注する方法について考えたいと思います。
表-1に、国土交通省が定めるスクリューウエイトサウンディング試験※(以下、SWS試験と略して記述します)の標準歩掛を示します。
※SWS試験の名称は、2020年10月に、スウェーデン式サウンディング試験から、「スクリューウエイト貫入試験」に変更されました。
この歩掛は、適用調査深度を10m以下、1日当たりの標準作業量を22.2mとしています。
このことから、この歩掛が手作業による調査を想定していることが推測されます。
また、この歩掛には調査報告書の作成時間も考慮されていません。
表-1 SWS試験の標準歩掛
【参考】国土交通省HP:平成14年度版<標準積算基準書>
https://www.mlit.go.jp/tec/gyoumu_sekisan.html
このため、現在主流となっている全自動の調査機械を用いた調査の歩掛を作成する必要があります。
表-2は、私が、表-1を参考に、全自動式調査機械を用いた場合の歩掛を作ったものです。
ここに、国土交通省の労務単価を入れると、1棟当りの直接費が約19,000円になります。
これに間接費を考慮すれば、1棟当たり30,000円から50,000円程度が妥当な金額のようです。
機械損料やその他資材の費用はネットでの検索結果に基づき設定した値なので、正確ではありませんが、私の知る限り、数年前までは、市場価格もこの程度の金額だったと記憶しています。
表-2 SWS試験の推定直接費
※国土交通省標準歩掛を参考に筆者が推定
ちなみに、国土交通省の歩掛では、SWS試験に関与する技術者の技能について、次のような記述があります。
【参照】国土交通省HP:設計業務委託等技術者単価
https://www.mlit.go.jp/tec/gyoumu_tanka.html
国土交通省は、SWS試験において、このような能力を持った技術者が対応することを想定しています。
しかし、住宅業界でのSWS試験では、このような調査経験のある人は、あまりいません。
むしろ、地盤調査未経験の人の方が多いのではないでしょうか。
このため、住宅分野での地盤調査を行っている人は、図-1に示す職種区分定義を満たさない場合が多いと思います。
この場合、労務費は、表-2に示したものよりも低くなるので、調査費用は、表-2の推定値よりも低く抑えられると考えられます。
このことから、SWS試験の費用が低いということは、地盤調査に関する知識量が少ない人が試験を行っている可能性が高いということです。
以前のブログでも書きましたが、SWS試験は、調査者によって結果が異なる可能性があります。
調査費用が安いということは、このような誤差が大きくなることを意味しています。
さて、住宅を販売している経営者の皆様、それから建築士の皆様。
低価格の地盤調査を行うことは、消費者にとって、また、設計者にとって、意味のあることでしょうか?
地盤改良工事の費用については、以前にも書きました。
地盤改良工事費は、労務費(改良機のオペレーターと手元工)、地盤改良機の損料と材料費に加え、施工設備の運搬費用が必要になります。
また、施工設備の維持管理費用も工事費に計上されます。
工法ごとに、施工管理基準は大きく変わりませんし、設計内容が同じであれば、工事費の違いは労務費や使用する施工設備の損料などに起因するはずです。
ところが、複数企業で地盤改良費の見積りを取ると、価格差が開く場合があるようです。
私の限られた経験の中でのお話ですが、このように価格差が開く原因は以下の二点です。
近年、NPO住宅地盤品質協会の活動の成果として、地盤改良業者の多くが、この協会の技術指針に従った施工を行っているようです。
柱状改良工法の場合、施工工程によって改良体の品質が大きく変化するので、施工管理基準通りの施工がなされることは、品質確保のために極めて重要な項目です。
しかし、改良業者の中には、この指針に準拠しない施工を行い、施工時間を短縮している企業がいます。
また、設計については、ある地盤改良会社の設計では水平力を考慮しているのに、もう一方の会社では、鉛直力しか考慮していない、ということがあります。
設計条件が異なるので、地盤改良工事費用に差異が出て当然ですが、こういう話があることを、しばしば耳にします。
地盤改良業者を選定する場合は、工事費用のみではなく、工事の内容を正確に把握することをお勧めします。
複数企業の出す見積書の中でも、特に安い見積書には、何らかの理由が隠れています。
私は、地盤調査や地盤改良が低価格化していく理由は、建築士が資格も認可も不要な地盤改良業者を相手に、技術や品質に関する基準の提示をしないことにあると考えています。
「住宅の品質確保の促進等に関する法律」(住宅の品確法)の施行後、知識をあまり持たない企業が、住宅業界に新規参入し、品質管理が困難となるような施工工程で、既存企業よりも低い価格で工事を受注していくということが頻繁に行われていました。
この状況を見かねた住宅の地盤調査や地盤改良業者の業界団体であるNPO住宅地盤品質協会(以下、住品協と略称で記載します)は、技術指針を発行するとともに、資格制度を運営し、自分たちの技術指針の普及に努めてきました。
現在では、施工管理体制も随分と改善されてきてはいますが、不同沈下案件や固化不良案件の調査をしていると、技術指針が守られていなかったことが問題の原因であることが多くあります。
この点を改善するためには、建築士が準拠すべき基準を明確に示し、これに基づく積算を行うように、業者を指導していくことが重要です。
手始めに、調査や設計の品質を一定に保つことを目指してみましょう。
そのために、住品協の資格を使って、対応業務に当たる人材のスキルを、以下のように規定しましょう。
このように、業務に関わる人のスキルを規定するだけで、調査や設計の品質を確保することが可能になります。
積算基準については、国土交通省の土木工事積算基準等を参考にし、出入りの地盤改良業者の意見を集約することで、現実的な積算基準を作ることができると思います。
積算基準の集約は、少し面倒ですので、興味がある方は当方までご相談下さい。
このような対応を行うだけで、地盤調査や地盤改良の品質は安定し、適正な価格で調査や改良工事を発注することが可能になるはずです。
低価格には、理由があります。
その理由が現場の努力による生産性の向上に関係する場合は、歓迎すべきことだと思います。
しかし、その理由が「やるべきことをやっていない」、「任務に適さない人材が任務についている」というものであったら、それは歓迎すべきことではありません。
建築士は設計監理者ですので、地盤調査結果や地盤改良工事の結果についても責任を負うことになります。
この責任を全うするためには、自分の目が届く範囲で、各社に動いてもらう必要があると思います。
そのためには、任務に当たる人材の定義、施工基準や標準歩掛が不可欠です。
建築士が負うリスクを低減するためにも、上記対応を一度ご検討頂ければと思います。
神村真