私が地盤改良業者に在籍していた頃から、工務店は地盤に関するリスクに対して認識が甘いと感じていました。
住宅建設には、様々な保証が存在していて、工務店はそれによってリスクヘッジができていると考えておられるようですが、本当にそうでしょうか?
地盤に関するリスクについては、今までの地盤保証や瑕疵担責任保険だけでは対応できない事柄も存在します。
健全な工務店経営のためにも、今一度、地盤に関するリスクに向き合って頂ければと思います。
私は、「リスク」とは、「損失が出る可能性」であり、「損失そのもの」だと考えています。
住宅建設での地盤に関係するリスクとして、例えば、以下の事柄が挙げられます。
様々なレベルのリスクが存在しますが、ここで取り扱うのは、「不同沈下」についてのリスクです。
なぜ、このリスクを取り上げるか。
それは、このリスクが、現行の技術で管理し、最小化することができるからです。
地震による「揺れ」や「液状化」は、とても重要なリスクですが、現在、主に用いられている地盤調査方法であるスクリューウエイト貫入試験(以下、SWS試験と略して示します)だけでは、そのリスクを顕在化させることができないので、ここでは取り上げません。
一方、「不同沈下」は、住宅の品確法でも、瑕疵の存在が疑われる傾斜角が明示されているし、SWS試験結果を用いれば、正確ではありませんが、不同沈下の傾向を知ることは可能です。
また、対策方法と修復方法がある上に、瑕疵担保責任保険や地盤保証というセーフティーネットも存在しますので、リスクを最小化することが可能です。
しかし、このリスクを適切に管理していないと、トラブルに繋がり、契約を解除される、損害賠償を請求されるといった事態に至ります。
このような場合、セーフティーネットでは、損害をカバーできない可能性があります。
住宅の作り手や地盤改良業者は、このようなセーフティーネットではカバーできない事態が発生しないように、リスクを管理する必要があるのです。
例えば、地盤改良工事やその選定に大きな瑕疵があるとし、消費者が住宅建設の契約の無効と種々の損害賠償請求を求めてきた場合、その訴えに敗訴すると、契約金の払い戻しと損害賠償金の支払いが必要になります(図-1参照)。
この場合、その物件の利益をはるかに超える損害が発生します。
地盤に関わるリスクを適切に管理すると、当然、リスクが低減されます。
リスクを管理していないと、住宅を建てるたびにリスクが累積されていることになるので、得られた利益を確定できません。
例えば、消費者A(施主)が、引き渡しから2年後に、「住宅が不同沈下している」ことに気づいたとします。
この時、住宅の販売会社は、「契約内容に適合しない」ものを販売した責任を問われることになります。
民法改正によって「瑕疵担保責任」が「契約不適合性」という概念に変わったため、契約に合致しない事実が確認された時点で、「債務不履行」とみなされる可能性があるのです。
この場合、引き渡しから2年後に、A様邸の債務が再び現れることになります。
この時、地盤に関わるリスクを適切に管理していなければ、2年前に計上した利益が軽く吹っ飛びます。
2年の間に十分な内部留保ができていればよいのですが、できていなければ、2年前の案件が、2年後の利益を圧迫することになります。
「契約不適合性」は、それが発見されたときから有効になりますので、建設から11年後でも発見時点から時効が始まります。
このため、セーフティーネットを有効に活用するためには、保険や保証の契約更新を適宜行っておく必要があります。
不同沈下に関しては、引き渡しから5年以内の期間中に顕在化することが多いので、現在のセーフティーネットで十分に対応できますが、「契約不適合性」が認められ、契約解除が成立してしまうと、全ての損害をセーフティーネットでカバーすることはできません。
一方、適切にリスク管理がされていれば、設計・施工を行った時点での最大限の管理がなされているので、契約の不適合性を認められる可能性は低いと思われます。
この場合、セーフティーネットが有効に機能するはずです。
ところが、私が知る限りでは、多くの工務店や地盤改良会社が、適切な管理を行っていないように思います。
皆さまが、具体的な損害を被っていないのは、偶然かもしれません。
不同沈下の発生率は5/10,000~1/1,000と推測されますが、この数値は、火災の発生率とほぼ同じかやや低い程度です。
住宅は、技術的に管理を行いながら、建設されます。
火災は、放火や失火等、偶発的に発生します。
不同沈下の発生率が火災の発生率と類似するということは、不同沈下に関するリスクがほぼ管理されていないことを意味していると考えられます。
【参考記事】
私は、この推測の妥当性を検証するすべを持ちませんが、地盤保証会社が複数社存在し、多くの住宅建設で利用されていることを考えれば、不同沈下リスクは、やはり火災リスク並みに大きいのでしょう。
以上のように、不同沈下に関するリスクは、長期に渡って存在します。
このため、住宅を建設するたびにリスクが雪だるま式に増加しています。
ただし、建設当時の最新の技術に基づき管理されていて、建設後も、定期的なメンテナンスで、不同沈下が起こっていないことを計測していれば、リスクが累積されることはありません。
十分な計測データがあれば、セーフティーネットである保険や保証の更新の必要性も、容易に判断できるはずです。
それでは、どのような点に注意してリスク管理を行えばよいのでしょうか?
リスクは、人が行う作業の中に潜んでいます。
このため、作業ごとにリスクを抽出し、作業ごとに監理します。
地盤に関わる作業の各段階で考えておくべきことを以下に整理して示します。
最初にはっきりさせておきますが、地盤調査報告書の記載内容に誤りがあり、その記載内容を信じたことで不同沈下が生じた場合、試験結果そのものが「改ざん」されていない限り、建築士が、不同沈下の責任を免れることはできません。
これは、調査業務が、「委託業務」だからです。
委託業務の場合、受託者は、「業務の実行」に対する責任と「善良な管理者としての注意義務(善管注意義務)」が課せられるのみです。
試験記録の「改ざん」や明らかな試験結果の「読み間違え」があった場合でも、善管注意義務違反程度の責任しか問えない可能性があります。
この点から、設計監理者である建築士は、調査段階でのミスの発生を予防するために、調査に関する技術基準や調査手順を定め、それらが適切に運用されていることを、「監理」する必要があります。
調査段階での技術管理に関する事項は、以下の過去の記事も参考になるので一読下さい。
【参考記事】
地盤補強工事の設計についても、地盤調査と同様に、委託業務と考えられますので、設計を行った業者が建築士事務所登録を行っていない限り、設計内容の最終責任者は、発注者側の建築士です。
このため、地盤改良工事の設計は、本来、建築士が行うべきことです。
建築士が地盤改良工事の設計を外部に委託するのであれば、建築士は、設計条件や設計方法に関する技術基準を定めて、それが適切に運用されていることを「監理」することが求められます。
地盤補強工法の設計では、用いる地盤定数の制約(例えば、Nswが150を超える場合は、150として算出するなど)や推定土質の正しさ等が重要になります。
この時注意したいのは、以下の二点です。
SWS試験結果報告書には土質が記載されていることがありますが、この記載内容は、調査者の想像です。
所定の深度から土を採取した上で、土質を特定している場合を除いては安易に信用してはいけません。
調査結果のばらつきについては、以下の記事を参考にして下さい。
【参考記事】
施工は請負契約なので、受注者は、発注物が完成し、所定の機能を発揮するまでの責任を負います。
ここにきて、建築士は、ようやく重い責任の一部を施工業者に委ねることが可能になります。
ただし、責任の所在を明らかにするためには、施工内容を厳密に定めておく必要があります。
施工管理基準を満足していないことでしか、施工瑕疵を立証できないからです。
例えば、柱状改良工事で、固化不良が発生し、それが原因で不同沈下が発生したとします。
この現象の発生には、「調査段階での土質評価の誤り」、「配合計画の誤り」と「施工の瑕疵」の三つが関与しています。
「調査段階での土質評価の誤り」、「配合計画の誤り」が主原因となると、「設計上の瑕疵」となるので、建築士の責任が問われます。
一方、「施工の瑕疵」であれば、地盤改良業者の責任が問われます。
しかし、「施工の瑕疵」をどのように証明しますか?
「施工の瑕疵」を定義するためには、事前に、「施工管理基準」や「目標性能」を定めておかなければなりません。
一般建築物の場合、発注者側の建築士は、地盤改良会社に対して特記仕様書を示して、施工管理手法や目標性能を明示し、これを実現するための工事計画書の提出を求めます。
住宅分野でも同様の対応を行わなければ、トラブルの発生原因を特定することが難しくなるのです。
不同沈下は、地震動によるものを除けば突然発生することはありません。
時間をかけて次第に進行し、次第に顕在化します。
10年間継続的に不同沈下の兆候が確認されていない場合は、地下水位の大きな低下や地震などの外的環境の変化がない限り、不同沈下が発生することはありません。
このため、セーフティーネットである保険や保証の契約期間中は、基礎天端レベルなどを継続的に計測し続けることをお勧めします。
例えば、10年間の地盤保証の場合、10年間、定期的に沈下量を計測し、不同沈下の傾向が確認されないのであれば、契約更新をする必要はないという判断も可能になります。
リスク管理によってリスク低減を図ることは可能ですが、継続的に実行することは困難です。
従来以上に行うべきことが増加しているのに、工事費用は変わらず、発注状況も不安定であれば、受注者は厳格な管理体制を受け入れないでしょう。
このことから、適切な管理体制を構築していくための一歩には、発注者と受注者の間で経済的な合意が必要だと考えられます。
私は、管理体制に応じた標準歩掛を、発注者と受注者が協力して作り上げることが、双方の良好な関係を作るのではないかと考えています。
このような取り組みは、発注者である工務店の住宅づくりに対する思いを、協力会社が共有するためにも不可欠なものではないでしょうか。
神村真