昨年4月からブログを始めたので、このブログは、今回で2年目に入ります。
1年は、広く浅いお話をしてきたので、今年は少しずつ深掘りしていきたいと思います。
今月は、建築士に知っておいて欲しい地盤調査や地盤補強に関するお話を特集します。
第1回目は、「地盤調査結果を読む時の注意点」です。
屋根は柱に支えられ、柱は土台と基礎に支えられています。基礎を支えるのは地盤です。従って、地盤は、住宅の全荷重を支える極めて重要な「材料」です。
しかし、その他の材料と大きく違う二点があります。
それは、「不均質さ」と「範囲」です。
普通の材料は、材料によって差異はあるものの、ある程度均質です。ところが地盤は、深さや調査位置が変われば、材料定数も変化します。
また、地盤は、他の材料と違って地中深くまで連続していて、どの範囲までを材料と捉えればよいのか定かではありません。
「不均質さ」については、下の記事で紹介していますので、ご一読ください。
ここでは「範囲」について触れたいと思います。
例えば、図-1に示すような棒状の弾性体に、力Pを作用させた場合、Pの作用点での変位量δ(デルタ)は、次式のように表されます。
式(1)は、「フックの法則」と呼ばれる式で、弾性体の応力σ(シグマ)とひずみε(イプシロン)の関係を表す基本式です。εは、単位長さ当たりの変形量なので、式(2)で求めることが可能です。
σ= P / A = E・(δ/L ) = E・ε (1)
δ=ε・L = (P / A) / E・L (2)
ここで、各定数は以下の通りです。
σ:応力、P:作用力、E:変形係数(ヤング率)、ε:ひずみ、δ:変位量、L:材料の長さ
式(2)から、力の作用点での変位量は、材料の長さLを知る必要があります。
地盤の場合、基礎底面での変形量(これを沈下量と呼びます)を算出するためにも、材料の長さLに相当する地盤の厚さを知る必要があります。
ところが、地盤の厚さは、住宅の大きさに比べれば、ほぼ無限に等しいものです。
そのため、「基礎底面に作用させた接地圧が伝わる深さ」を材料の長さと考えます。
図-2に、基礎底面に作用する接地圧が、地中に伝達する範囲を示した模式図を示します。
図に示すように、基礎底面に作用する接地圧は、地中深くなるに従い、次第に減少します。
ブーシネスク式という、地表面に作用した圧力によって地中に発生する応力を求める計算式によれば、地中に発生する応力が、基礎底面の接地圧の1/10になる深度は、べた基礎では、基礎短辺長の約1.5倍、布基礎の場合、基礎幅の約6倍です。
接地圧の1/10以下の応力は、沈下量に大きな影響を与えないので無視可能と判断します。
【参考文献】山口柏樹:土質力学(全改訂),技報堂出版,pp.330-339,1984.
この法則によれば、短辺長が6mのべた基礎の場合、材料として扱う地盤は、基礎底面から約9mまでということになります。
なお、ブーシネスク式で基礎幅を大きくしていくと、深度方向に応力が減少する傾向が弱まり、地表面付近と同程度の応力が発生する深度が深くなっていくことが分かります。
新規盛土のように、広範囲に渡って地表面に圧力を与えることは、応力の伝達深度を大きく、発生応力も大きくすることなので、建物荷重の場合よりも、地表面沈下が大きくなります。
構造設計では、部材に作用する力を予測し、その部材内部に発生する応力と変形量が許容値を超えないことを確認します。このため、材料の強度や変形係数という弾性体の材料定数を知っておく必要があります(図-1参照)。
図-1に示すように、多くの材料の応力~ひずみの関係は、曲線で表されますが、設計上は、二本の直線で表すことが一般的です。
最初の直線の勾配を「変形係数(ヤング率)」、直線が折れ曲がる点での応力を「降伏応力」と呼びます。
「降伏応力」は、実際の材料の強度よりも低い値で、材料を弾性体として扱える最大の応力です。
このため、一般的な設計法(許容応力度法)では、この応力を、「短期荷重に対する許容値」=「短期許容応力度」とすることが一般的です。
一般的な材料では、力Pに対して材料内部に発生する応力σを求め、これが許容応力度より小さいことを確認することで、作用可能な力を知ることができます。
しかし、これは、一般的な材料のはなしです。
特に砂質土の場合、地盤は無数の土粒子で構成されているので、色々な場所で破壊は発生します。図-4は、砂質土の上に帯基礎を置き、これを地面に押し付けたときに地中に現れる破壊面(線)形状の模式図です。
このように、地盤では、荷重~変位曲線が破壊に至るまでに、様々な場所で破壊が発生するので、一般的な材料のように、作用可能な力を予測することが難しいのです(図-3参照)。
日本建築学会は、SWS試験から「長期許容支持力度(長期荷重に対する許容接地圧)」を算出する式として次式を推奨しています。
qa=30Wsw+0.64Nsw (3)
ここで、各定数は、以下の通りです。
qa:長期許容支持力度、Wsw:基礎底面から下方に2mの範囲の平均Wsw、Nsw:基礎底面から下方に2mの範囲の平均Nsw
次に、変形について考えていきましょう。
かつて現場でよく見かけた木製の足場板と住宅の2階床を想像してください。
足場板は、一時的な作業のために使用されるので、見た目にたわんでいても、折れなければ使用目的を果たすことができます。
しかし、2階床が歩くたびに足場板並みにたわんだとしたらどうでしょう?これでは、快適な居住空間を確保できないですね。
このように材料には、使用目的に応じた許容変位量が存在します。
地盤の変形に関する許容値として、建物の傾斜角があります。
建物荷重による地盤の沈下によって、建物の傾斜角が3/1,000以上となると、何らかの問題がある可能性が疑われると判断されます。また、傾斜角が6/1,000以上になれば、明らかに瑕疵がある考えることができるとされています。
【参考資料】平成12年建設省告示第1653号「住宅紛争処理の参考となるべき技術的基準」https://www.mlit.go.jp/notice/noticedata/sgml/2000/26aa0995/26aa0995.html
このため、基礎接地圧によって発生する地表面変位量(沈下量)を求める必要があるのですが、これが、実は容易ではありません。
先述した一般的な設計法(許容応力度法)では、材料は全て弾性体として扱いますが、地盤の中には、接地圧に対して塑性変形が生じるものがあるためです。。
このような塑性変形を生じる地盤を「正規圧密地盤」と呼びます。
一方、弾性体として扱うことができる地盤を「過圧密地盤」と呼びます。
「正規圧密地盤」は、建物荷重に対して大きな沈下が生じやすいため、国土交通省は、以下のような基準を示して、「このような地盤が現れた場合は、建物荷重によって発生する沈下が、建物に悪い影響を及ぼさないこと」を確認することとしています。
【参考資料】平成13年国土交通省告示第1113号
住宅のための地盤調査技術で一般的なSWS試験では、「正規圧密」と「過圧密」の区別を精度良く行うことが難しいので、上記の条件に当てはまる試験結果がある場合、何らかの地盤補強を検討することが一般的です。
なお、SWS試験結果でも「正規圧密地盤」と「過圧密地盤」を見分ける方法はあります。
いくつかの仮定を立てる必要があるので、その取扱いには注意が必要ですが、興味のある方は、以下の記事を参照してください。
1,2で示した内容を踏まえて、SWS試験結果を見れば、地盤の支持力、沈下の可能性を知ることができます。
しかし、平成13年国交省告示1113号に示された目安は、基礎底面から下方に5mの範囲までしか定められていません。
布基礎の場合は、これでもよいのですが、べた基礎での建物荷重の伝達深度は、基礎短辺長の約1.5倍で、基礎底面から下方に5mの範囲を超える可能性があります。
不同沈下事例を調査していると、基礎底面から下方に5mの範囲を超え、建物の荷重の伝達範囲までの間で、沈下が発生しているために不同沈下が発生したと考えられるケースに出会うことがあります。
このため、基礎底面から下方に5m以深であっても、 Wsw≦0.5kNの場合は、沈下の可能性があると判断することをお勧めします。
なお、図-4に示すように、軟弱層の厚さが、建物荷重の伝達範囲内で変化している場合、不同沈下の可能性が高いので、注意が必要です。
軟弱層が厚い場合の対処については、以下の記事でも触れていますので、参考にしてください。
なお、SWS試験結果から沈下量を計算する場合の注意点については、以下の記事でも触れていますので、こちらも併せてご確認ください。
SWS試験結果は、地盤補強の要不要の判断に加えて、地盤補強の仕様決定に用いる非常に重要な情報です。
ところが、私が調査した住宅の不同沈下事故のほぼ全てで、SWS試験を適切に評価できていませんでした。
住宅の地盤補強の設計は、一般には、地盤改良業者や地盤保証会社が行っています。
その設計内容は、発注者である住宅の設計監理者の管理下にあります。
このことは、地盤補強の仕様に問題があって不同沈下した場合でも、住宅の設計監理者に責任の一端があるということです。
瑕疵保険や地盤保証は、不同沈下の修復費用の負担をカバーしていますが、住宅の設計監理者の責任をカバーするものではありません。
このようなリスクについては、以下の記事にまとめています。
「不同沈下事故の原因の多くは、設計監理者である建築士の管理不足によって発生している」というのは言い過ぎかもしれませんが、設計監理者が適切に管理していれば防ぐことができた不同沈下事故は多いと思います。
地盤補強の設計内容について自社で管理できない場合は、地盤補強の設計監理が可能な建築士事務所に設計委託されることをお勧めします。
神村 真