私がある技術を用いた設計方法を確立していく時、最も重要視するのは、「根拠」です。
10年ほど前から、私は、住宅の耐震性に強い関心があり、耐震性を測るということについて勉強をしてきました。その過程で、私は、「住宅の耐震性能の根拠は、甚だ不明確だ」と考えるに至りました。
ここでは、住宅の耐震性能を考える上で最も重要な「地震力」を決定する地表面加速度の推定方法について考察します。
この技術が住宅設計分野で広がり、すべての住宅が十分な耐震性能を持つ日が来ますように。
住宅分野に限らず、建築物の設計において、各敷地がどれくらい揺れるのか、建物にはどのような地震力が働くのか?ということを調べることは稀です。これは、建築基準法で、使用する地表面加速度の標準値が定義されているためです。
ところが、激しい地震被害が出た地震では、その原因として、地形や地層構成によって、振動が「増幅された」ことが挙げられることが多々あります。
図⁻1は、震源となる岩盤の上に軟弱層がない場合(a)、軟弱層がある場合(b)、軟弱層厚が変化する場合(c)において、地表面での振動の速度がどのようになるかをシミュレーションした一例です。軟弱層がある場合、地表面での速度は大幅に増加することが分かります。また、軟弱層の厚さが変化することで、地表面が大きく揺れる地域が拡大していることが分かります。これは、軟弱層の中での振動の反射が関係していると考えられています。
【出典】纐纈一起:強震動-地震災害の軽減のための基礎的な情報,
東京大学地震研究所 阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)10周年事業 特別公開講座「これまでの10年 これからの10年」−阪神・淡路大震災後 地震研究所は何を明らかにしてきたか−,http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/koho/hanshin-awaji/kouketsu.htm
図⁻2は防災科学研究所が公開している表層地盤増幅率の分布図です。表層地盤増幅率は、河川による堆積物が厚い地域で大きく(赤ワイン色の地域)、台地部で、やや小さい(橙色から赤色の地域)ことが分かります。このことは、図⁻1の(a)と(b)との違いが、実際に存在していることを示しています。
図⁻2 表層地盤増幅率と地形区分
【出典】国立研究開発法人防災科学研究所 地震ハザードステーション https://www.j-shis.bosai.go.jp/
以上のことから、地表面の揺れ方は、地層構成や地形で大きく変化することが分かります。建築基準法でも、地震力を算出する際に「地盤種別」を考慮します。しかし、最も一般的な住宅の形式である「木造二階建ての建築物」では、構造計算をしないケースがほとんどなので、地盤種別のことは考えられていないはずです。さて、こんなことでよいのでしょうか。
家づくりのための地盤調査方法として広く普及しているSWS試験は、地表面から10m程度の深さまでの地盤の強さしか分かりません。また、この試験方法では、調査可能な地盤の硬さにも上限があって、N値10程度までの地盤の強さしか計測できません。さらに、SWS試験は土質も分かりません。
これらのことから、SWS試験による地盤種別の判断は困難ですし、地震の揺れを伝える岩盤(基盤)が、どの深度にあるも分かりません。
さて、ここで、図⁻2の表層地盤増幅率の分布図をもう一度見てみましょう。
さて、この図はどのように作られたのでしょうか?この図を作る方法が身近にあれば、あなたが建築する住宅の敷地で、どんな揺れが発生するのかを知ることができそうです。
図⁻2は、「微動探査」という技術に基づいて作成されています。
地盤は、交通振動や波等の振動を常に受けているので、常に振動しています。これを「常時微動」と呼びますが、地表面で常時微動を観測し、その結果から、地層構成を推測する技術を「微動探査」と呼びます。
この技術を利用すれば、SWS試験では確認できない深部の地層構成を把握することも可能ですし、地表面での振動の固有周期を知ることができるので、SWS試験やボーリング調査結果、地形区分等を参考に、地盤種別を分類することが可能になります。
微動探査では、地盤の「せん断波速度」の深度分布を推定しますが、その値は、標準貫入試験結果と対応することが知られています。
このせん断波速度の深度分布を用いて地盤モデルを作れば、基盤に入力した振動によって地表面でどのような振動が発生するかを予測することも可能になるります。この解析技術を使えば、敷地ごとに微動探査を実施することで、その土地での適切な地表面加速度を知ることが可能です。
もちろんボーリング調査を併用すれば、せん断波速度に基づく地層構成の把握精度は向上するので、基盤面までのボーリング調査を行うことが最善の方法ですが、住宅建設費用における地盤調査の割合が高くなってしまいます。資金面で余裕があるなら、ボーリング調査を行うことがより良いですが、微動探査と近隣ボーリングデータを用いることがより現実的でしょう。
写真-1に、微動探査の準備風景を示します。このように、四つの速度計をある法則に基づいて配置して計測を行います。図⁻3は、微動探査結果を利用して推定したせん断波速度の深度分布の一例です。地表面から数十mまでのせん断波速度分布を推定可能です(計測器の配置間隔をさらに大きくすることで、より深くまで推定できるようになります)。
現在の設計方法だと、震度5強程度の地震に対して損傷が生じないことが約束されていますが、それ以上の地震が来た場合に損傷しないようにするためには、耐震等級2か3の性能が必要になります。
耐震等級2,3で考える地震力は、建築基準法で標準的に考える地震力の1.25倍と1.5倍です。しかし、「これだけの地震力を考えていれば大丈夫」という判断の基準はありません。
図-2に示した防災科学研究所の公開情報を利用するだけで、「この土地は揺れやすいから、耐震等級3にしておこう」という判断はできますが、その判断の「妥当性」を確認する根拠がありません。このことは、「耐震等級3でも間に合わない」という事例もあり得ることを意味します。
以上のことから、家を建てる場所で、例えば兵庫県南部地震や関東大震災クラスの地震が発生したときに、「考えておくべき地震力はどの程度なのか?」ということを知ることは、設計上不可欠のように感じます。
作用する地震力を知るということは、地表面付近での水平方向の加速度を知ることに他なりません。先ほど、微動探査を使えば、地表面から岩盤(基盤)までの一次元地盤モデルを作ることができると書きましたが、このモデルを使えば、特定の地震動が基盤に入力された場合に、地表面でどのような揺れが発生するかをシミュレーションすることが可能です。その結果、地震時に発生する地表面加速度を推定できるようになります。
ここで初めて、住宅が持つべき耐震性能の根拠を得るのです。
私は、今の耐震基準が、全国の標準的な基準なのか、最悪の場合も救える基準なのか知りませんが、熊本地震での被害状況を見る限りでは、必ずしも安全側の設定ではないという認識を持っています。
各宅地で常時微動を計測し、地表面振動を予測することで、必要な耐震性能を判断するための基準となる値が得られます。私が設計者なら、この計測手法を直ちにでも取り入れたいと思います。
住宅に限らず、比較的規模の小さい建築物では、地震によって建物に伝わる「水平加速度」が、非常に無頓着に扱われているように感じます。
建築基準法で「地震力はこれ」と言われてしまえば、従うしかありませんし、それによって思考停止してしまうことも理解します。しかし、災害のたびに「想定外」という言葉が聞かれます。技術者の端くれとしては、「想定外に対処するのが技術者の仕事」と思ってしまいます。
住宅は個人の買い物の中で最も大きな額の買い物です。どうしても設備に拘りたい消費者心理に引っ張られ、「地盤調査に何十万円もかけられないよ」と言ってしまう建築士の気持ちもよく分かりますが、「先生の指導で、耐震等級3にしなかったのに、先日の地震で住宅が破損した」なんてことが起こったらどうしますか?
「想定外の規模の地震でしたから」とか「私はちゃんと説明しました。あなたが選択したんですよ」とか言い訳しますか?
神村真