私は住宅の地盤調査・改良業界に入ったのは2006年のことで、当時は「住宅の品質確保の促進等に関する法律(住宅の品確法)」制定から数年経過していましたが、SWS試験を行わない工務店も存在していたように記憶しております。
あれから15年経過しましたが、未だに、新築住宅の不同沈下は発生しており、その原因は、SWS試験結果を読み切れていないとか、新規盛土を見落としていたとかいったものが大半です。
つまり、地盤を見る力は15年たってもあまり良くなっていないようです。
この状態で、地盤調査報告書を第三者に見てもらって第三者の意見をもらうセカンドオピニオンという制度がよく利用されるようになってきているようです。しかし、調査結果の評価能力が向上しないなかで、第三者の意見にどれほどの信頼性があるでしょうか?
私は、第三者の意見も重要ですが、その前に、手元の報告書を詳しく読み解くことが、不同沈下をなくすための近道だと考えています。ここでは、現状の地盤のリスク評価の現状を俯瞰しながら、地盤調査報告書を読み解くポイントを示していきたいと思います。
不同沈下の予測についてのいくつかの問題点を、以下のブログで紹介しました。
このブログは、SWS試験だけでは沈下リスクを十分に評価できないこと、そのため、必要に応じて、ボーリング調査や土質試験などの追加調査を行う必要があることを示しました。しかし、現実には、そのような対応をすることは稀です。多くの場合、地盤補償会社(不同沈下した場合の修復費用を補償する商品を販売する会社)が、周辺地形やSWS試験結果から、建物自重による不同沈下リスクの評価を行い、必要な場合は、補償可能な地盤対策方法まで提示します。
10年ほど前から、地盤補償会社が出した評価結果を、別の補償会社が再評価する「セカンドオピニオン」と呼ばれるサービスが、市場で広く利用されています。このサービスは、A社が出した地盤評価結果を、B社が再評価するというものですが、A社が出した「地盤改良が必要」という評価結果を、B社が覆すことがあります。
セカンドオピニオンを強く勧める補償会社は、消費者の味方であるかのような謳い文句で、このサービスを宣伝していますが、客観的に見れば、地盤補償という商品を販売するための営業戦略でしかありません。セカンドオピニオンを活用する前に、A社の出した地盤評価内容が、「どのようなリスクを想定し、どのような基準に基づいているか」についてよく吟味しましょう。この二つのポイントを理解しておかないと、セカンドオピニオンを利用したとしても両社の評価のいずれを選択するのかを判断することができません。以下に、この二つのポイントを簡単に整理して示します。
地盤補償会社が想定するリスクは、会社によって大きく変わると考えられます。
例えば、A社は、地震時荷重のことや近接する擁壁のことも考えて地盤対策を提案していたとします(多くの地盤補償制度では、地震による不同沈下は免責なので、このような対応をしている企業はないかもしれません)。一方、A社の評価結果を再評価したB社は、地震のことや隣接擁壁のことを考慮していなかったとします。
当然、両者の評価結果には差が出ます。あなたは、どちらの評価結果を選びますか?
不同沈下の判定の根拠は、補償会社によらず、おそらく以下の四つの項目だと考えられます。しかし、補償会社によって、それぞれの項目に対する許容範囲が異なるでしょう。
このように、評価結果の違いは、おそらく、調査結果を読み解く技術力の差などではなく、想定リスクと評価基準の許容範囲の違いによるものでしょう。
地盤調査の目的は、建物が長期的に安定した状態であるために、地盤にはどんな「不安要素」があるかを調べることです。
ですから、私は、地盤調査では、以下の事柄について検討すべきだと考えています。
しかし、住宅の地盤調査では、「漠然とした不安」さえ適切に抽出できているのか怪しい場合があります。一方、「構造物の設計」では、「漠然とした不安」を以下の4項目で数値化します。斜面が近くにある場合は、この項目に「斜面の安定性」が加わります。また、擁壁が近くにあるなら、擁壁に対する以下の4項目を検討する必要があります。
しかし、住宅の設計において、多くの場合、上記の4項目は十分に検討されていません。上から三つの項目を検討するためには、建物と基礎に関する情報が必要ですが、木造二階建ての住宅の多くは構造計算されていないので、検討に必要な情報を手に入れることさえできません。液状化に至っては、地方自治体が提供するハザードマップに頼っているのが現状で、積極的な調査は実施されていません。
これでは、長期間安定した状態を維持できる住宅を建設することは、奇跡のようなものです。大地震時には、多くの住宅が、大きな被害を受けるかもしれません。
ここで、住宅の地盤調査で考えること少し整理しましょう。
SWS試験結果では確認できることには限りがあるので、リスクが明確ではない「漠然とした不安」事項が多く残ります。地盤補償会社は、資料調査やSWS試験結果から、被害が想定される項目とその程度を把握すると同時に、どのような「漠然とした不安」が存在していて、それをどう扱うかを明示し、地盤の評価を行います。
例えば、以下のような具合です。
【事実】資料調査から、軟弱な地層の堆積が考えられる地形に分類される。当該地は数年前に造成された盛土地である。擁壁がある。SWS試験結果から、支持力は十分だけれども、軟弱な地層が厚く分布している。
【事実に基づく推測】SWS試験結果から建物荷重による沈下量を推定すると、建物荷重によって生じる不同沈下量は比較的小さい
【漠然とした不安】当該地は数年前に盛土造成地で、盛土自重による長期沈下が継続している疑いがある。また、敷地内の擁壁は、図面が存在せず、どのような性能を有しているのか分からない。住宅を擁壁近傍に配置すると、地震時に住宅に被害が及ぶかもしれない。
上記の例からは、「事実」と「事実に基づく推測」からは、不同沈下の可能性は低く、地盤対策を行う必要はなさそうです。しかし、「漠然とした不安」からは、盛土自重による長期沈下の可能性や仕様が不明な擁壁の存在を考慮すれば、地盤補強を実施することが、より安全であると考えられます。
セカンドオピニオンを利用するなら、これらの項目(「事実」、「事実に基づく推測」、「漠然とした不安」)に対して、当初の地盤補償会社Aとセカンドオピニオンを出した地盤補償会社Bが、それぞれどのように考えているかを確認しなければなりません。
セカンドオピニオンでの検討項目が、当初評価よりも少ないのであれば、評価結果の比較ができないので、このオピニオンは、無効と考えることをお勧めします。
このため、むやみにセカンドオピニオンを利用するのではなく、「地盤補償会社Aは〇〇という理由で、地盤補強を提案するのだけど、そちらは、この点をどのように考えますか?やはり地盤補強は必要ですか?」というように、補償会社に対して、こちらの課題を明確に示すことがよいでしょう。
ちなみに、建築士が、地盤調査結果を正しく読めれば、セカンドオピニオンは不要です。地盤補償会社の意見に対して、建築士の意見がセカンドオピニオンとなるためです。この体制が最も理想的ではないでしょうか?
地盤補償制度は、建築士が地盤の安定性について考えなくてよいためのツールではありません。建築士は、地盤補償会社の検討範囲が、住宅の安定性検討の極一部にしか対応していないことを理解しておいてください。
「セカンドオピニオン」を確認することは、とても大切です。しかし、そのセカンドオピニオンは、ファーストオピニオンと同レベルの検討でしょうか?
医療のように高度な知識、技術と経験を必要とする分野では、セカンドオピニオンは非常に重要になります。
しかし、技術的に考えれば、SWS試験という簡易な試験方法で調査を行った結果から得られる答えが、企業によって大きく変化することは考えにくいです。評価結果が変わるとすれば、評価項目が違うか評価基準が違うからです。
その程度の話ですので、私は、地盤補償会社の回答がファーストオピニオンで、建築士自身の考えがセカンドオピニオンとなることが、最も健全だと考えています。
地盤補償という商品は、瑕疵保険ではカバーできない部分をカバーできるなど、良い面も多いので、建築士が専門家として上手に活用されることをお勧めします。
神村真