• 地盤の専門家神村真による宅地防災の情報発信サイト

SNSが普及したことで、耐震性や気密・断熱と言った住宅性能に対して、消費者の意識が高まりつつあるように思いますが、構造計算をしている家はまだまだ少ないようですね。

さらに、関心が低いのが「地盤」ですが、地盤は、本来、家を支える最も重要な材料のハズ。こちらに意識が向かないのは困ったことなのですが…

今回は、「地盤」に意識を向けてもらうために、地盤の大切さや今の地盤調査方法の課題等の話をしたいと思います。

あなたが比較的高単価の住宅を設計している工務店の経営者や建築士、営業担当者なら、販売戦略を考えるきっかけになるかもしれません。

  1. 構造計算と地盤
  2. 設計計算結果の信頼性
  3. 地盤には金をかけよう
  4. まとめ

1.構造計算と地盤

木造二階建て住宅の多くが、構造計算されていません(2022年4月現在)。

私は、こういう住宅は、消費者のリテラシーが一定レベル以上になった時、不良資産になると考えています。中古住宅市場で価値がなくなるからです。

私が「構造計算」と呼んでいるのは、「弾性力学」を活用して「許容応力度法」によって、部材の形状や強度を決めることです。この方法は多くの分野で活用されている汎用的な設計方法です。

図-1 大雑把な構造計算の流れ

構造計算では、強度の確認だけではなく、梁のたわみ量(変位量)も確認します。強度的には問題がなくても、歩くとたわんでしまうような床は嫌ですよね?

たわみ量は、応力と違って目に見えるので、許容値の設定については注意が必要な項目です。

私も、載荷試験に使用する鋼材のたわみ量を計算しますが、許容値をクリアしているだけでは、目に見えて鋼材がたわむので、作業者が不安になり、作業が止まります。ですから、たわみ量については、かなり安全側に許容値を設定するようにしています。

このように、構造計算をすると、発生応力やたわみ量に関心が向きます。とくに、経験が豊富な人ほどたわみ量に関心が行くのではないでしょうか?

基礎設計では、梁のような「たわみ」ではなく、建物の重さで基礎がどの程度沈むか(沈下するか)を確認する必要がありますが、多くの建築士がここで思考停止します。

梁のたわみ計算に用いる「材料の強度」や「材料の変形しやすさ」に関する数値は、建築基準法で定められています。だから、使用する材料と断面形状が分かれば、部材に発生する応力はたわみ量を比較的簡単に計算することができます。

ところが、地盤は違います。

地盤は現場によって変化しますし、建築基準法で沈下量を計算するために必要な数値も定められていません。その測定方法は、色々と挙げられていますが、得られた数値を使用する場合の注意点やその信頼性については、何のルールもないのです。思考停止して当然です。

このように、「地盤」は、建築分野では、かなり異質な材料です。ですが、構造計算をしている人は、何とか沈下量や建物を支える力を求めようとします。何にもしないより何十倍もよいことなのですが、そこにも多くの問題が潜んでいます。

2.設計計算結果の信頼性

構造計算結果の信頼性を左右するのは、用いる材料強度や変形係数の正しさに加えて、「材料が弾性範囲内にあること」です。

図‐2は、材料に力を加えた時に発生する応力σとひずみεの関係を示したものです。σは「シグマ」、εは「イプシロン」と読みます。ギリシア文字です。図中に、σとεの関係を描きましたが、ひずみεが小さい時、σとεは、ほぼ直線関係にあります。このような材料の性質を「弾性」と呼びます。一般的な構造計算では、材料は、「弾性」の範囲にあるものとして扱われます。

図-2 材料の力を与えた時の応力とひずみの関係
図-3 正規分布のイメージ

ところで、どんな材料でも完全に均質であることはないので、部材によって材料の品質は「ばらつき」ます。同じ材料から抜き取った試験片を使って強度試験をすると、強度毎の試験片の数は、平均値付近が最も多い、図-3のような釣り鐘型の分布になるでしょう。均質な材料ほど、平均値から最大・最小値までの差が小さくなります。例えば、JIS規格で作られた鋼材の強度のばらつきは、材木のような自然界から持ってきたものよりもはるかに小さいはずです。

建築基準法で設定されている材料の強度は、このようなばらつきを考慮して、定められた条件を満足する場合、100%に近い確率で得られる値が設定されています。こういう値を用いた設計計算結果なら、「信頼」できますよね?

土地によってその特性が全く異なる地盤では、こういうことができません。

ですから、基礎下の地盤がどのような強度なのか?を、各地で調査する必要があるのです。しかし、住宅の基礎はある程度の面積を持っているので、一点だけで調査するのではなく、複数個所で調査をして、敷地内で地盤の強さがどの程度ばらつくのかを見るのです。

さらに言えば、スクリューウエイト貫入試験結果(以下、SWS試験とします)の信頼性は、土質や調査者の技量によっても変化します。このため、本来は、ボーリング調査や土質試験と組み合わせて、SWS試験結果から得られる地盤定数の信頼性を確認する必要があります

現在、住宅のための地盤調査の主流はSWS試験ですが、この試験方法は、極めて簡易な方法で、試験結果のばらつきが大きいことが知られています。そのばらつきは、土質によって大きくなることもあります。

さて、あなたは、この事実を知ったうえでも、まだ、SWS試験だけで地盤調査を済ませますか?

このことは、構造物の設計では、相当に信頼性の高い数値を用いた検討を行いながら、基礎設計では、信頼性が確保されていない数値を用いた設計を行うということです。これは、お金の問題ではありません。「建物」と「基礎」の設計精度をどのよう整合させるか?という技術の問題なのです。

3.地盤には金をかけよう

建物と基礎の設計において、信頼性が大きく異なる数値を用いると、設計の信頼性は、信頼性の低い方に引っ張られます。建物に使用される材料定数の信頼性は高いと考えられますが、地盤の材料定数の信頼性は非常に低い場合、建物の構造計算結果の信頼性自体が下がるのです。

不同沈下事故が起きる案件はまさにこの好例です。不同沈下事故物件の多くは、建物には何の被害もありません。ただ、基礎が傾いただけなのです(時々、基礎が壊れている案件も目にしますが・・・)。

こういう視点で地盤調査の内容を眺めると、SWS試験だけで基礎設計を行うことが、如何にも「ふさわしくない」と思いませんか?

あなたが、比較的単価の高い住宅を設計する人なら、次の物件からでもよいので、地盤調査の内容を見直すべきでしょう。高い住宅を建てたい人のために、わざわざ安物の地盤調査だけを勧める必要はありませんSWS試験に加えてボーリング調査や土質試験も実施することで、基礎設計の信頼性は、ようやく建物と同程度になるのです。

国が膨大な予算を掛けて信頼性の高い材料のデータベースを作ったのです。同程度の信頼性を持った地盤情報を得ようと思えば、数万円で済むはずがないのです。

ちなみに、耐震等級3を売り物にするなら、「本当に耐震等級3で大丈夫なのか?」ということも調べることをお勧めします。関連記事を下に紹介しますので、興味のある方は一読してください。背の高い建築物や土木構造物の設計では、想定地震に対する地表面加速度の推定は、普通にやっていることです。

だって、地盤の揺れ方は場所によって全然違うんですよ。

図-4は、地表面の揺れやすさを示した表層地盤増幅率の分布図(国立研究開発法人 防災科学技術研究所)ですが、紫色とオレンジ色の地域では、地表面の揺れ方が大きく異なることを示しています。紫色の地域は「低地」、オレンジ色の地域は「台地」です。

このことは、土地ごとに揺れ方を調べて、建物の設計に反映させなければ、建物の安全性を確認できないことを意味しています。

図-4 表層地盤増幅率

4.まとめ

住宅は、確かに小さな小さな構造物です。だからと言って、地盤調査もロクにしない、構造計算はやらない。こんなことで、まともな住宅ができるわけがありません。

やってしまったものは仕方ありません。これから造る家は、建てる場所に応じた地盤調査を行い、構造計算を行い、計画的に安全性を確保しましょう。

神村真



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