住宅街を歩いていると色々な擁壁が目に入ってきます。「この擁壁だいじょうぶかな?」と思うものも、少なからずあるのですが、そんな擁壁の際に住宅が建設されていたりします。こういう住宅を見るたびに、「建築士は、この擁壁の安全性をどのように評価したのかなあ?」と、少々、意地悪な気持ちになることもあったりします。
今回は、擁壁の役割とその仕組みについて、簡単に説明するとともに、便利に利用されている形状規定擁壁の利用上の注意点に触れていきます。
街では実に様々な擁壁を目にします。高低差の激しい東京の山の手の住宅街では、写真-1のような大谷石を積み上げた擁壁をよく目にします。また、同じ「石積み擁壁」でも、写真-2のような間知石(けんちいし)という定型の石を積み上げた擁壁もよく見かけます。新しい造成地では、写真-3のようなコンクリート製の擁壁もよく目にします。
あなたの身の周りにも、三つのうちの一つくらいは目にされるのではないでしょうか?この擁壁は、何のためにあるのでしょう?
自然の地形には高低差があります。このような地形を人が住みやすいように平らにすることを造成と言いますが、高い土地と低い土地の境界部分には、必ず「斜面」が現れます(図-1上段)。斜面のうち、勾配の急なものを「崖」と呼んだりもします。この斜面は、放っておくと、雨風によって、徐々に崩れていきます 。
このため、「斜面」の表面を保護する目的で置かれたものが「擁壁」です( (図-1中段右) )。写真-1や写真-2で示した石積み擁壁は、まさに、この目的を達成するために存在すると言ってもよいでしょう。
人間の欲が強くなると、石積み擁壁で覆われた「斜面」がもったいなく見えてくるようで、「斜面をなくそう」という発想が出てきます。こんな時に重宝するのが、写真-3で示したL型擁壁です。図-1下段右図で示したように、L型擁壁を使うと斜面がなくなりますので、土地をさらに広く利用できるというわけです。
ところで、この擁壁。適当なものが多くあります。
写真-1のような大谷石や玉石積みの擁壁は、斜面の表面保護が主目的ですから、これと言った理論に基づいて作られていません。しかし、これでは、地震力や豪雨時の水圧上昇で斜面が擁壁ごと壊れてしまいます。写真-4は、地震時に崩壊した盛土端部斜面の様子ですが、地震時に斜面はこのように崩壊しようとします。この力を考えていない「テキトーに作られた擁壁」は、地震時に崩壊します(写真-5参照)。
真面目に作れた擁壁は、写真-5のようなことが起こらないように、図‐2や図⁻3に示した力を考慮して、擁壁の形を決定しています(もちろん、設計段階で考えていないような巨大地震に見舞われたり、建設後にメンテナンスが行われてなかったりすると、倒壊の可能性はありますが・・・)。
誰もが、地震力や水圧を考慮して適切に擁壁の形状を計画できるわけではありません。このため、自治体によっては、間知擁壁やL形擁壁の形状を規定しています。
斜面の高さや土質等から、適切な擁壁の形状を知ることができるようにしているんですね。神奈川県横浜市の一例を、図-4に示します。この擁壁は、高さが3mの関東ロームの斜面で利用できる形状です。なお、この形状を適用するためには、図-5に示すような、様々な条件を満足する必要があります。
あなたが、設計を担当する住宅の宅地造成で、形状規定擁壁を利用することが決まっているなら、図-5に示す適用条件に注意を払ってください。
ここには、擁壁底板下部地盤に求められる「地耐力(支持力)」や背面土の「内部摩擦角」や「粘着力」が規定されています。これらの条件を満足しなければ、この形状の擁壁の安全性は担保されません。
残念なことに、造成業者も、この条件を十分に理解していないことがあります。
建築士であるあなたが、設計者として関わる物件で、形状規定擁壁を利用することが分かっているなら、図-5に示したような適用条件が、全て満足していることを確認してください。
全ての条件を満足していることが確認できないのであれば、あなたが設計する住宅は、この擁壁から十分に距離をとった配置とする等、擁壁が倒壊しても、住宅に影響が及ばないような対策を講じてください。
建築士にであるあなたにとって、擁壁とはどのような存在でしょうか?
地上高さ2m以下の擁壁の場合、設計内容の審査が入りません。「だれが、どんな擁壁を作ったのかは、誰にも分からない」という状態に陥ります。あなたは、そんな擁壁の脇に、あなたが心を込めて設計した大事な住宅を建てますか?。
大切な住宅の安全を確保するためにも、隣接する擁壁には十分に注意を向けましょう。
神村真