• 地盤の専門家神村真による宅地防災の情報発信サイト

大げさなタイトルで恐縮です。また、建築士でもない私が取り上げるべきテーマではないとは理解しておりますが、私が理解できる、「地盤」と「構造」の観点から、この重いテーマについて考えていきたいと思います。

  1. 住生活基本計画に見る「価値ある住まい」の形
  2. 現在供給されている住まいは「価値ある住まい」なのか?
  3. 価値ある住まいの提供のために
  4. まとめ

1.住生活基本計画に見る「価値ある住まい」

令和3年(2021年)に閣議決定された住生活基本計画には、三つの視点と八つの目標が掲げられています。

  • 視点①「社会環境の変化」:二つの目標
  • 視点②「居住者・コミュニティー」:三つの目標
  • 視点③「住宅ストック・産業」:三つの目標

【参考資料】国土交通省 住生活基本計画(全国計画)(令和3年3月19日閣議決定)
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk2_000032.html

視点②については、私の専門家から離れることなので、ここでは何も言いません。視点①と③のみから、見えてくる「価値ある住まい」について考えていきます。

視点①の目標「頻発・激甚化する災害新ステージにおける安全な住宅・住宅地の形成」

災害に対して安全であるためには、住宅の「適切な立地」と「構造的な強さ」が必要です。

例えば、以下のような場所は、災害に対して脆弱な場所ですので、このような場所に立地する住まいは、「価値が低い」と判断できます。

  • 豪雨時に土石流や土砂崩れ、洪水などの被害を受ける場所
  • 地震時に液状化現象が発生したり、滑動、崩壊する場所

不動産の売買時に洪水時に浸水する可能性のある地域は公表することが義務化されましたが、地震時に液状化する可能性のある土地、地震時や豪雨時に滑動する可能性のある土地は、その存在自体明確にされていませんし、不動産の売買時に明示する必要もありません。

つまり、このような立地による「住まいの価値」の明確化は、日本では、まだ始まったばかりです。この後数十年後には、「災害に強い立地」は、より高い価値となっていることを願います。

視点③の目標「脱炭素社会に向けた住宅循環システムの構築と良質な住宅ストックの形成」

ここでは、脱炭素のお話はちょっと置いておいて、「良質な住宅ストックの形成」について考えてみましょう。私の立場からは、「良質な」とは、やはり「災害に強い」という観点しかないのですが、その点は、ご勘弁を頂きたいと思います。なお、住宅ストックとは、既に存在している住宅のことです。住宅を台所に備蓄されている缶詰のように例えた表現ですね。

1980年以前の旧耐震基準の住宅はかなり少なくなってきましたが、住宅密集地や古くからの集落では、右を見ても左を見ても、私が小学生低学年の頃(1970年代)に見ていた住宅ばかりです。これらの住宅は、「良質な住宅ストックではない」と判断されています。大地震時に倒壊する可能性が極めて高いからです。

こういう古い住宅の耐震化を進める、あるいは耐震性の高い住宅を増やすことで、災害に強い「良質な住宅」を増やしていく必要があるということですね。

2.現在供給されている住まいは「価値ある住まい」なのか?

住生活基本計画の目標から判断すれば、以下の項目に当てはまる住まいは、政府の方針にそぐわない、「価値の低い住まい」と言えると思います。それぞれの条件から、現在、建設されている住宅の価値について考えてみたいと思います。

  • 災害に遭遇しやすい地域に立地している
  • 災害時に損傷を受ける可能性が高い

災害に遭遇しやすい地域に立地している住まい

残念ながら、日本の住まいの多くは、この条件に当てはまる可能性が高いです。なぜなら、日本の都市の多くは、河川の河口部または大河川の河畔に形成された平野部に位置するからです。

日本には雨季があるので、災害の遭遇機会は、毎年やってくるということです。これは、リスクの中でも、相当重い部類に入ります。

また、高台でも、谷を埋めた造成地(谷埋め盛土)は、地震時や豪雨時に滑動する可能性があります。

大きな地震に遭遇する機会は少ないと思いたいですが、遭遇しないとは、誰も明言できません。また、豪雨に遭遇する可能性は、毎年やってきます。そう考えると、谷埋め盛土という場所は、相当高いリスクを抱えた土地だと考えておいたほうが良いでしょう。

もっとも、排水施設が充実しているとか、耐震補強されていれば話は別ですが…

下の動画は、豪雨と谷埋め盛土のリスクについて解説したものです。お時間のある時にご覧ください。

災害時に損傷を受ける可能性が高い住まい

この点についても残念なお話があります。

図-1は、耐震基準の概念を示したものですが、建築基準法レベルの耐震性は、中規模地震(震度5強程度)を超える地震では、何らかの損傷が発生する可能性があります。震度7の地震に対しては、倒壊の危険性があるのです。

図-1 耐震基準の概念

【参照】国土交通省HP:住宅・建築物の耐震化について
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_fr_000043.html

一方で、住宅の品確法に基づく性能表示制度で定義されている耐震等級3の住宅は、震度7の地震を二度経験しても被害が極めて小さかったことが明らかになっています(図-2)。

図-2 熊本地震での被害の状況

大地震に対しては、日本の住宅の多くが耐えうる性能を持っていないということになります。

3.価値ある住まいの提供のために

以上の話から、現在、供給されている多くの新築住宅は、「価値ある住まい」ではないと言わざるをえません。

「日本の住宅」とは、そのようなもので、「日本の法律」とはその程度のものだ。ということを、建築士であるあなたも、十分にご理解を頂きたいと思います。

「日本の法律で定められた基準を守っているのだから、地震にも強いんですよ」などとは、決して言わないで頂きたいです。

それでは、「価値ある住まい」をどのように提供すべきなのでしょう。

「災害に遭遇しやすい場所には立地させない」という条件を、建築士の腕で満足させることは不可能ですね。これはもう、国民の災害に対するリテラシーが向上するのを待つか、政治家が「国民を国土を守ろう」と思って行動するのを待つしかありません。

しかし、あなたが土地の選定に関与出来て、予算面などの諸問題も解決できるのであれば、可能な限り災害に遭遇しにくい土地を選定するようにして下さい。

また、浸水リスクが高い場合は、盛土によるかさ上げを行う、1階には居室を設けない、想定浸水深さよりも高い位置に居室を設けるなど、建築士として取り得る対策は多くあります。

「良質な住宅ストック」については、私は構造的な強さに着目していますが、ここは、建築士の腕の見せ所です。お金を出すのはお客様なので、耐震等級3は勧めにくいかもしれません。しかし、熊本地震での事例、大地震の頻度や発生個所、対象地の地震履歴など、お客様を説得する情報は山ほどあります

あなたの持てるすべてを使って、建築基準法を守っているだけでは安全を確保できないことを、お客様に伝えて頂きたいと思います。

4.まとめ

建築士でもない私が、「住まいの価値」について書くなど、以ての外だなあと思いますので、この手の話は、公的な場ではあまりしないようにしてきました。しかし、どうでしょう?

建築士は、住まいを設計することを独占的に許された人です。国土交通省管轄の立派な国家資格を持った人が、なぜ、その権限を利用して、現在の住宅の課題に取り組もうとしないのでしょう?あなたは、日本に良質な住宅ストックをあふれかえらせることができる唯一の人なのです。

どうか、一棟一棟が、将来の社会資本であると思い、住生活基本計画に準じた住まいを一つでも多く、送り出して頂けますよう、お願い申し上げます。

神村真



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