皆さんは「内水氾濫」という言葉を耳にされたことはありますか?
都市化によって舗装道路が増え、森や雑木林が住宅地になり、水田が大型店舗と駐車場になったことで、雨水が地面に浸み込む場所や、それを貯留する余地がなくなったことで発生するようになった洪水。
これが内水氾濫です。
今回は、内水氾濫を防ぐための雨水の貯留や浸透に関する技術のお話です。
私は東京都墨田区に住んでいます。
23区内とはいうものの、山手線からは遠く離れた市街地で、地方の大都市の住宅街と何ら変わるところはありません。
しかし、マンション暮らしのためでしょうか、土を見る機会がほとんどありません。
自宅から駅までの間に公園が一つあって、そこが唯一土の地面を見ることができる場所になっています。
舗装が進み自然の地面がなくなると、雨水は下水道を通って河川に流れていくか、舗装面を流れて河川に流れていくしかありません。
結果として大雨が降れば道路は川のようになり、下水道は溢れます。
これが内水氾濫です。
首都東京でも、毎年のように内水氾濫で浸水被害が発生しています。
最近では、ホームページで冠水した地域を年度ごとに公開している地方自治体もあります。
参考までに、私のふるさと姫路市の内水氾濫による浸水災害予想地図のリンクを貼っておきます。https://www.city.himeji.lg.jp/bousai/cmsfiles/contents/0000000/221/itikawa-sita.pdf
この地図には、過去に浸水被害が生じた地域が示されています。
皆さんの街でも同じようなものを公開していると思いますので、確かめてみては如何でしょうか?
雨水が地中に浸み込んで地下水に還っていくことを涵養(かんよう)と言います。
都市化が進んだ地域は、地表面からの雨水の浸透も、水田による雨水貯留も期待できない状態なので、下水道だけが頼りです。(河川の近くでは、路面を流れる雨水を直接河川に誘導する場合もありますが)
下水道は管路なので、管路の容量を超える雨水が流入すれば、管路のどこかから雨水があふれ出します。
これが内水氾濫を引き起こすことになります。
また、雨水は道路面を流れていくので、周囲よりも低い地域に雨水が集まり、冠水します。
このような内水氾濫を防ぐためには、人工的に雨水を貯留する、または、地中に浸透させる施設を設ける必要があります。
古くから大規模な開発地では調整池を設けて開発によって失われた雨水の貯留浸透能力を補填することが行われてきましたが、最近では、各戸で貯留・浸透させることで、雨水が下水に流出する量と流出し始める時間の調整が行われています。
その際に、多く利用されているのが、樹脂製の貯留ブロックです。(写真左)
貯留ブロックは一つのユニットを組み合わせて、様々なサイズの貯留槽を作ることが可能なので、計画する降雨量に対して比較的柔軟に貯留槽寸法を計画することが可能です。
また、貯留槽と同時に雨水を地中に浸透させることを目的にした雨水の浸透施設も古くから利用されてきました。
浸透施設の場合は、施設の目詰まりによる浸透能力の低下が問題でしたが、近年では、清掃が容易なものや、フィルター材によって施設内に土砂が流入しない工夫をされたものも出てきました。
特に、最近では1~5m程度の排水材を地中に建込み、地表面付近よりも、より浸透しやすい地層に雨水を浸透させる技術が出てきました。
このタイプの浸透施設では、水圧の効果を有効利用できるので、小さなスペースで、より多くの雨水を地中に浸透させることができます。
私は、2013年から、この排水材を用いた雨水浸透施設の施工方法の確立に関与する機会に恵まれました。
砂質土への適用は、実に簡単だったのですが、関東ローム層への適用が難しく、何度も施工試験を繰り返したことが思い出されます。
かつて洪水対策と言えば、河川堤防や下水道の整備に終始していました。
もちろん現在でも、主役はそれらの公共事業であることに変わらないのですが、近年では民間にも協力要請がされるようになっています。
下図は、東京都が平成26年に公表した豪雨対策基本方針に示された対策すべき雨量とそれを担うための公民の役割分担の概念図です。
ここでは、行政ができることと、民間がやるべきことのイメージが示されています。
この図中にも示されているように、東京都は、民間企業や個人に対して貯留浸透施設の設置を求めています。
このことは、最近の気候変動によるゲリラ豪雨等の対策には、公共事業だけでは追いつけないことを示しています。
このような事態に至ったのは、近年の気候変動の影響も大いにありますが、これまで行われた無秩序な開発によるところが大きいと言えます。
このことから、内水氾濫とは人が作り出した災害とも言えるでしょう。
人が生み出した災害であれば、人の手でなんとかできそうです。
雨水の浸透が期待できる高台の地域では、浸透施設と貯留施設の併用が可能です。
地表面が雨水を浸透しやすい土の場合、雨どいからの雨水を集める「集水ます」を「浸透ます」に交換するだけで、屋根に降る雨水の多くを地中に還すことができます。
庭を芝生張りにすることも有効です。
私も開発に関わった雨水浸透用の排水材を利用すれば、さらに多くの雨水を地中に還すことができます。
雨水の浸透が期待できない低地では、貯留槽を活用して雨水の流出抑制を図ることができます。
貯留槽に貯めた雨水は、晴れた日には草木への水やりなどに使います。
大雨が降る前に貯留槽を空けておかないと、雨水をためることができませんから。
さて、内水氾濫で被害を受けるのは、標高の低い低地部です。
高台の住民は内水氾濫によって冠水することはありません。
しかし、低地に住む人を苦しめる雨水は、高台からやって来ます。
高台の住民ができるだけたくさんの雨水を地中に還すことができれば、低地の住民が冠水するリスクが低くなるのです。
結果として、下水道の整備に使われる税金も少なくなるかもしれません。
東京都の世田谷区は、区民全員がこの問題に取り組めば「世田谷ダム」を作ることができると言っています。
世田谷区の全世帯が300ℓの雨水貯留槽を自宅に置けば、それだけで、約13万立米の雨水を貯留することができるようになり、その量は小規模のダム一つ分に相当するそうです。
右肩上がりの成長期は終わり、現在は成熟期または衰退期にあると言われている我が国です。
人口も減少していくので、災害対策に必要な予算の確保もままならない自治体も多いと思います。
しかし、人が生み出した災害である内水氾濫であれば、人の知恵と支えあいの精神があればなんとか克服できそうです。
雨水対策に関する助成制度のある自治体も多いです。
是非、お住いの地域の雨水対策や助成制度について調べてみてください。
神村真