• 地盤の専門家神村真による宅地防災の情報発信サイト

私たち地盤の専門家は「沈下」といえば、「構造物の基礎が建設当初の高さよりも下がってしまうこと」とすぐに理解しますが、一般の方々はイメージしづらいようです。

東京都墨田区の私が住む地域は、昭和時代に建てられた建物が多く残っていて、住宅の沈下を体感するのには良い場所です。

今日は、住宅の沈下のための対策に関するお話です。

  1. 家は沈下しているのか
  2. なぜ家は沈下するのか
  3. 対策の方法と機能
  4. 対策方法を考えるときに注意すべきこと

1.家は沈下しているのか

 消費者の多くは、戸建て住宅(以降、家と略して記述します)が沈下することをイメージできないようですが、実際、家は沈下していますし、そのことで傾いています。

住宅・リフォーム紛争処理支援センターは、新築住宅の購入者やリフォームを行った消費者からの電話相談を受け付けていて、年度ごとにその内容を報告しています。

その報告書である「住宅相談統計年報2019」によれば、2018年度にセンターに寄せられた新築住宅等に関する電話相談件数のうち、不具合のある相談件数が全部で10,586件あったそうです。

2018年には、家は約42.6万戸新設されたので、新築住宅を購入した人のうち、約2.5%※の人が、このセンターに相談をしたことになります。
(※新設住宅着工戸数の集計期間は1月から12月、センターの集計期間は年度(2018年4月~2019年3月)なので、厳密な割合を示してはいません。)

また、同センターは不具合のあった事例を対象に、不具合の内容と不具合のある部位を整理して示しています。(表-1)

表-1 不具合事象と主な不具合部位(戸建て住宅 n=8,725)※複数カウント

住宅相談統計年報2019,住宅・リフォーム紛争処理支援センター(http://www.chord.or.jp/tokei/tokei.html)

この表から、「傾斜」は相談件数の4.5%、「沈下」は、相談件数の2%あることが分かります。

新築住宅の購入者のうち、何らかの問題を抱えた人すべてがセンターに相談しているわけではないし、センターの新築住宅等は、国土交通省の発表する新設住宅と完全に一致すものでもないのでしょうが、少なくとも新築住宅を購入した人のうち、1万人を超える人が問題を抱えていて、そのうちの数百人は、家が傾いていることで困っているということは事実のようです。

上記の数字からのみ、傾斜や沈下している案件の割合を計算すれば、5/10,000~1/1,000程度になります。

家が傾く割合が多いか少ないかを考えるために、比較対象として火災の発生状況を確認しました。

平成30年版消防白書には、表-2が示されています。

表-2 平成19年と平成29年の出火件数と世帯数

この表から、平成29年の世帯数に対する出火件数は、6.9/10,000です。

このことから、先に示した新築住宅の着工戸数に対する新築住宅の沈下(または不同沈下)トラブル件数の割合は、火災の発生率と同程度と考えておくことが正しい理解のようです。

2.なぜ家は沈下するのか

 平成30年版防災白書には、火災の原因についてもデータが示されています。(図-1)

図-1 火災の原因

平成30年度版 防災白書,総務省消防庁 https://www.fdma.go.jp/publication/hakusho/h30/chapter1/section1/para1/38268.html

火災の原因である、放火と放火の疑いを合わせると全体の約15%に達します。

発生する火災のうち15%が自分の努力ではどうしようもない理由で発生していることに驚きます。

一方、住宅はなぜ傾くのでしょうか?

家を建てる前に地盤調査を行い、多額の費用をかけて地盤補強を行った場合でも、不同沈下する場合があります。

地震時などの災害時以外に家が沈下(または不同沈下)する原因は、家の重さに対して、地盤が十分に「硬く」ないためです。

「硬さ」は、「発生した変形量(沈下量)に対する作用荷重(家の重さ)の大きさ」で表すことができます。

図-2は、作用荷重と発生する変形量の関係を示したものです。

土の硬さは、鉄や木材に比べてはるかに小さいので、土の“強さ”が発揮されるまでに、多くの変位が発生します。

この硬さを見誤ると、沈下が発生します。

図-2 荷重と変位量の関係

 どんな材料でも、荷重を作用させると変形するので変位が生じますが、その変位量が使用上問題のない程度に収まるように、材料の硬さや寸法を決めるのが「設計」の役割です。

一般に、材料の硬さは、材料の強度(強さ)に比例します。

「硬い材料」=「強い材料」です。

もちろん土も同じなのですが、「弱い土」の厚さが敷地内で変化していたり、「弱い土」と「強い土」が混在していたりすることがあります。(図-3)

このような場合、場所によって沈下する量が変化するので、家が傾きます。

これを不同沈下と言います。

図-3 不同沈下原因の例

色々な土で構成されている地盤は、敷地毎に変化するので、住宅ごとに地盤調査を行う必要があります。

現在では、スウェーデン式サウンディング試験という地盤調査方法が主流になっていますが、この試験方法は簡便で廉価であるという大きな利点もありますが、簡易な調査方法であるがゆえに、誤差も大きいという欠点もあります。

不同沈下した住宅の原因調査をしていると、スウェーデン式サウンディング試験結果の判読ミスにより、家が不同沈下した事例がしばしば見受けられます。

つまり、不同沈下の多くはスウェーデン式サウンディング試験結果を誤読したか、試験結果に含まれる誤差を十分に考慮しなかったことが原因と考えられるのです。

経済性を考慮することは、家の作り手にとっては重要な役割ですが、試験方法に含まれる誤差や不確実性を考慮せずに経済性を優先させると、場合によっては不同沈下事故を発生させることになります。

調査結果の評価時の注意事項は、4.でも簡単に示しますので、参考にして下さい。

3.対策の方法と機能

「弱い土」のことを、私たち専門家は「軟弱地盤」といいますが、軟弱地盤上に家を建てるためには、建物の重さによる軟弱地盤の沈下を抑えなければなりません。

そのために様々な方法がありますが、大きく分類すると次の二つの方法に分類できます。

(1)家の重さを「強い土」に伝える
(2)家の重さを「弱い土」でも支えるように分散させる

図-4 地盤補強の種類

(1)は、古くから用いられてきた方法です。

鉄や木の棒を家の荷重を支える「杭」として地中に埋設します。

杭の先端を強い土に到達させることで、家の重さを、弱い土に加えることなく、強い土に届けることができるので、弱い土の上でも、家を支えることができます。

(2)は、比較的新しい方法です。

弱い土でも、ある重さまでなら支えることができます。

このため、短い杭をたくさん打設して、家の重さを多くの杭で負担すれば、弱い土でも家の重さを支えることができるようになります。

また、基礎の底面の土を基礎寸法よりも大きい範囲で固化処理することで、弱い土に作用する重さを分散させることができます。

これによっても、弱い土の上に家を建てることが可能になる場合があります。

4.対策方法を考えるときに注意すべきこと

私は、地盤改良業者に在籍していました。

地盤改良業者の顧客は工務店やハウスメーカー等ですが、その担当者の多くは、どのような対策方法を採用するかは、工事費次第だと考えておられるようでした。

しかし、重要なことは以下の2点です。

  • 設計条件が建物と一致しているか?
  • 地盤を適切に評価できているか?

この2つの条件を揃えた上で工事費用の比較を行わないと、工事費用の大小を論じることができません。

それぞれについて考えていきましょう。

設計条件が建物と一致しているか?

一般建築物の場合、建築士が地盤改良や地盤補強の検討依頼をする時、建築物重量や常時と地震時に作用する荷重が詳しく掲載された資料を依頼先に渡します。

一方、木造2階建て住宅の場合、建築士から地盤改良業者に送られてくるのは、せいぜい配置図と接地圧程度で、基礎自重や建物の設計に用いた設計条件が共有されることは非常にまれです。

ご存じのように、家は一般建築物と違って構造計算をしなくても各部の仕様を決定することができるようになっているので、基礎のどの部分にどのような力が作用するかとか、地震時を想定してどのような力を考えているかなどの情報を得ることができないのです。

つまり、仕様規定に基づいて建築された住宅の場合、示される条件が基礎接地圧程度の情報しかないので、それに見合った地盤補強しか設計できません。

地盤改良業者によっては、地震時に作用する荷重を独自に設定し、それに耐えられるように地盤補強を設計してくれる企業がありますが、その仕様が正しいかどうかは、家の設計者にさえ分かりません。

このような状況下で、地盤改良業は独自に提案する際の仕様を決めているはずです。

ある業者は常時荷重のみを考え、ある業者は地震時荷重を考えている。

そんな提案内容に違いがある見積書を並べて、金額を比べても意味ないですよね。

できることならば、家の作り手の方々には構造計算をしっかりしていただいて、地盤にどのような力が伝わるのかを、地盤改良業者にしっかり伝えて頂きたい。

これをしていただかないと、どのような地盤補強の仕様が適しているのか正しく提案することはできないのです。

地盤を適切に評価できているか?

先に少し述べましたが、スウェーデン式サウンディング試験は万能ではありません。

もちろんボーリング調査で行う標準貫入試験も万能ではありません。

試験には、適用範囲や結果のばらつきが含まれます。

特に、地盤は不均質さが際立った材料です。

さらに、試験者や試験方法、試験装置に関わる誤差が加わります。

このため、試験結果には多くの誤差が含まれることになります。

例えば、スウェーデン式サウンディング試験よりも精度が高いと考えられることが多い標準貫入試験でも、試験方法や土質によっては試験結果のばらつき(N値の変動係数)は30%に達することが報告されています。

このことは、本当らしいN値が仮に10だった場合、同じ地盤を対象に100回試験を行うと、50回は10未満の数値となり、そのうち、16回でN値は10×(1-0.3)=7以下の数値となり、さらに16回でN値が13以上の数値となることを意味しています(図-5参照)。

図-5 計測結果の「ばらつき」についての考え方

つまり、試験で得られたN値は、必ずしも地盤の真のN値を示していないということです。

建築基準法で定められている材料の許容応力度は、このような試験結果のばらつきを考慮した値ですが、地盤は場所によってすべて違うので、設計者が試験結果を過大評価しないように注意する必要があります。

スウェーデン式サウンディング試験の場合、敷地内で4~5か所で試験を行うので、敷地内での地盤のばらつきを把握することが可能です。

このため、多くの技術者が敷地内での最小値を用いて地盤補強の設計を行っていると思います。

しかし、スウェーデン式サウンディング試験の場合、試験方法そのものに課題があるため、さらに結果を注意して評価しなければなりません。

図-6は、スウェーデン式サウンディング試験結果(SWS)と、スウェーデン式サウンディング試験のロッドを二重管にした装置での試験結果(DT-SWSS)の比較結果を示したものです。

図から、二重管方式の試験結果が、普通の試験結果よりも常に小さいことが分かります。

図-6 ロッドの周面摩擦の影響例(大阪市東中浜)

参考文献)
下平祐司, 廣瀬達也, 大島昭彦:二重管式スウェーデン式サウンディングの開発と貫入抵抗値の考察, GBRC, Vol.42, No.4, pp.31-37, 2017.10.  https://www.gbrc.or.jp/assets/documents/gbrc/GBRC170_832.pdf

これは、軟弱な地盤を対象に、スウェーデン式サウンディング試験で地盤調査を行うと、ロッド周面の摩擦力の影響で、地盤の強さを過大評価する場合があることを示しています。

このような現象を察知するためには、調査地の地形や近隣で実施された標準貫入試験結果との比較が必要になります。

このように、地盤調査は地盤の不均質性や人的な誤差に加えて、試験方法に由来する誤差についても考慮する必要があります。

特にスウェーデン式サウンディング試験は、土質の確認ができないので、試験結果だけを見ていては、地盤を正しく理解することはできません。

このため、住宅のための地盤補強仕様を検討する時は、地盤調査結果が周辺地形から想定される土質や近隣ボーリングデータと対応することを見極めなければならないのです。

家が沈下するかもしれないことを見つけて、対策方法を決めるとき、役に立つのが地盤調査結果です。

しかし、調査結果だけでは、適切な答えを見出すことはできません。

家が求める地盤の性能と地盤調査結果を読み解く力が必要です。

建築士の皆様は、地盤改良業者に適切な情報を提供していただけているでしょうか?

また、地盤補強を設計している方々は、地盤を適切に評価するために、試験方法のばらつきを考慮したリスク評価ができているでしょうか?

今一度ご確認頂きたいところです。

神村真



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