地盤工学を専門にしていると、地震といえば液状化というイメージが強いのですが、専門家ではない人にとっては、ちょっと遠くの話のように感じるのではないでしょうか?
ところが最近は、大きな地震があると必ずと言って良いほど液状化現象で住宅が被害に遭っています。
これは、人が作った造成地に問題があるからではないか?と私は考えています。
今回は、2018年に発生した北海道胆振東地震で注目を集めた、札幌市清田区里塚地区での液状化被害を参考に、液状化の可能性を探る方法について考えたいと思います。
液状化現象の説明はあちこちでされていますので、ここでは細かい説明はしませんが、以下の条件がすべて当てはまる場所で、大きな地震が発生すると液状化する可能性があります。
それでは、このような条件が重なる地形はどんな所でしょう?
松尾ら(2011)は、2000年から2008年の間に発生した9つの地震で、液状化現象が確認された場所の地形や地震の大きさの関係を表-1のように示しています。
表-1 地形と液状化発生の確率(松岡(2011)を著者が表にまとめた)
グループ | 地形 | 液状化の発生条件 |
① | 自然堤防、旧河道、砂丘末端緩斜面、砂丘間低地、干拓地、埋立地 | 計測震度5付近で発生し始める |
② | 扇状地、扇状地(傾斜<1/100)、砂州・砂礫州 | 計測震度5程度では液状化が発生しないが、深度が大きくなるにつれて発生確率が急激に大きくなる |
③ | 後背湿地、三角州・海岸低地、砂丘 | 計測震度5.4付近で液状化するが、深度が大きくなっても発生確率 はあまり上がらない |
④ | 砂礫質台地、谷底低地、谷底低地(傾斜<1/100) | 計測震度6程度になって液状化が発生し、深度が大きくなるに つれて発生確率が大きくなる |
松岡昌志,若松加寿江,橋本光史:地形・地盤分類250mメッシュマップに基づく液状化危険度の推定方法,日本地震工学会論文集,第11巻,第2号,pp.20-39,2011.
この表から、最も液状化しやすい地形は、①自然堤防、旧河道、砂丘末端緩斜面、砂丘間低地、干拓地、埋立地であることが分かります。
これらの地形の共通点は、河川や海の近くの地形であることです。
河川や海の近くは、地下水位が高く、砂質土が堆積していることが多いものです。
また、このような地形には、あまり強固な地層は形成されません。
つまり、これらの地形では、最初に示した液状化現象が起こる3つの条件をすべて満足しているということです。
なお、ここには明記されていませんが、谷地形を砂質土で埋め立てた盛土地も、液状化しやすい地形であることを付け加えさせていただきます。
1.で示したように、地形から液状化の可能性を推測することができます。
ここでは、札幌市清田区里塚地区を例にとって、地形を確認する手順をご説明します。
おおまかな手順は以下の通りです。
(1)地理院地図で地形を探る
(2)地理院地図で昔の地形を探る
(3)そこにはどんな土があるのか推測する
各手順を細かく見ていきましょう。
地形を調べるために便利なツールとして、以前も紹介した地理院地図(https://maps.gsi.go.jp/)があります。
図 -1は、地理院地図で表示できる札幌市清里区里塚地区周辺の地形図(縮尺:2万5千分の1)です。
液状化被害の大きかった地区を赤丸で示しています。
この地形図を見ていると、液状化被害の大きかった地域の北側に川が流れていることが分かります。
三里川という名前の川です。
この地域は、地図の標高情報から、南から北に川が流れていることが分かるのですが、図中に赤色の矢印で示した地点から南では、三里川の存在を確認できません。
川の源がない川はありませんので、三里川は、この地点から暗渠という地下水路に変わっていると考えられます。
ということは、赤矢印から南側の地域は、三里川がかつて流れていた河道に位置していることが予想できます。
表 -1に示したように、旧河道は液状化しやすい地形でしたね。
それでは、三里川はどこを流れていたのでしょうか?
自然の地形では、河道は周辺よりも低く、河道の両側は周囲よりやや高くなるので、宅地造成を行う場合は、河道の周囲の微高地を切り崩し、河道に土を入れ、できるだけが地表面の凸凹を平らに均したはずです。
このような宅地造成をされた場所でも、現在の地表面形状から、過去の地形を推測することができる場合があります。
地理院地図には、断面図作成機能という便利な機能があります。
地理院地図の右上に“ツール”というアイコンがあるので、これをクリックしてください。
画面右側にさらにアイコンが並びます。
この中から“断面図”というアイコンを選択してください。
この機能を使うと、選択した直線での地表面の断面形状を確認することができます。
旧河道は、地表面の標高差として現れる可能性があるので、断面図を作成する測線を、三里川を横切るように選択してみました(図-2参照)。
描かれた断面図から、この測線上には、3つのくぼみがあることが分かります。
このくぼみが、かつての三里川の川筋に位置すると考えられます。
地理院地図は、何十年も前に撮影された空中写真を高解像度で見ることもできます。
地理院地図の左上の“地図”というアイコンをクリックし、年代別の写真をクリックすると、現在に加えて7種類の時代の写真を選ぶことができます。(図-3)
図-4は、対象地周辺の1961年~1969年の空中写真です。
この写真には、当該地の北側を通る婉曲した特徴的な形状の道路や三里川を確認できます。
また、写真からは3本の河道を確認できます。
さらに、図-4の空中写真に地表面標高の断面図を併記したものを図-5に示します。
これらの情報から、対象地を含む地域は、大部分が三里川の河道に位置していることが分かります。
地表面標高の断面図から、三里川の河道に位置する地域は、周囲の高台より10~15m低い土地で、周囲の高台から雨水が集まる集水地形であることが分かります。
空中写真による地形の判読は、最初は少し難しいですが、断面図機能を使って地表面の凸凹を確認しておくと、山なのか谷なのを把握しやすくなります。
さて、(1)、(2)の確認結果から、対象地は液状化の可能性が高い旧河道であることが分かりました。
さらに、旧河道がもしも砂質土で埋め立てられていれば、液状化の可能性は極めて高いと判断できます。
この地域では、どんな土を使用して旧河道を埋め立てたのでしょうか?
大規模な盛土を伴う造成工事では、現地の台地を削って、発生した土砂を低地の埋め立てに使用することが一般的です。
それでも土砂が足りない場合は、できるだけ工事区域近傍で適当な土砂を確保します。
地質図(https://gbank.gsj.jp/geonavi/)から、対象地周辺の高台は、「支笏降下火砕堆積物」と呼ばれる軽石を多く含む火山由来の土でできています。
盛土材の主成分は、降下火砕堆積物だったと推測できます。
降下火砕堆積物は、粒子径が砂から礫に分類されるものを多く含みます。(参考文献参照)
つまり、この地域は、液状化しやすい砂質土で埋め立てられた可能性があります。
3つの手順で確認した結果をまとめると、次の2つのことが分かりました。
地盤の強さは分かりませんが、この2点から、この土地は液状化しやすい条件がそろっていると考えた方が良いでしょう。
<参考文献>
北海道厚真町における支笏降下火砕堆積物の特性,2018年9月7日 |
国立研究開発法人産業技術総合研究所 地質調査総合センター
https://www.gsj.jp/hazards/earthquake/hokkaido2018/hokkaido2018-05.html
検討の結果、対象とした地域は、液状化の可能性が高いことが確認できましたが、過去に液状化現象が確認されたことがなかったのでしょうか?
ここで気になるのが、2003年9月に発生した十勝沖地震で、この地域では液状化が起こらなかったのか?ということです。
土木学会の調査報告によると、十勝沖地震では、対象地から1kmほど南の分譲地で液状化被害が出ています。(図-6参照)
調査団は、この液状化被害の原因として、沢筋を火砕堆積物で埋め立てたことを挙げています。
三浦清一,安田進,山下聡,規矩大義:2003年十勝沖地震による地盤災害について,土木学会2003年十勝沖地震被害調査報告会,調査報告書,地盤災害,2003.
先ほどお示ししたような手順を踏むまでもなく、この地域(三里川の上流部)の旧河道を埋め立てた地域は、液状化の可能性が高い地域だったわけです。
土木学会や建築学会は、大きな災害が発生すると、必ず調査団を現地に送り込みます。
土木学会はインフラを中心に、建築学会は建築物を中心に被害の状況の確認、被害の発生原因調査を行います。
その結果はwebで確認することができます。
今回参考にした土木学会のウェブサイトでは、1998年以降の災害について確認することができます。
過去の災害関連情報 |土木学会
http://committees.jsce.or.jp/report/node/17
今回は、既存の資料を用いて液状化の可能性を探る方法をお届けしました。
ちょっとした知識があれば、比較的簡単に液状化の可能性を確認できると思いませんか?
地形の断面図を見たり、空中写真を眺めたりするのは割と楽しいので、地理院地図で色々遊んでみてください。
4月27日のブログでお届けした土地条件図を使った地形の確認方法の場合、土地条件図がない地域では地形の判別ができませんが、地表面の起伏や過去の空中写真を見れば、その地域の本当の地形を知ることができます。
このような方法で地形を確認することができれば、後は、どの地形にどんなリスクがあるのか、そのリスクを受容できる形にするためにはどんな方法があって、どんなコストが発生するのかを知れば、土地のリスク評価ができるようになります。
土地のリスク評価は、ここで示したように、特段に難しいことはありません。
もしかすると、生命保険や医療保険を選ぶよりも簡単かもしれません。
ただ、日常的に扱うことの少ない知識が、ほんの少し必要なだけです。
その知識も、一つ一つ詳しく見ていけば、簡単なことばかりです。
このブログでは、できるだけ、物事を分解して分かりやすくできればと考えています。
災害によって被害に遭うか遭わないかは、地形に依存しています。
しかも、今の地形ではなく過去の地形に依存しています。
地形は歴史です。大河ドラマを観るように、地形を見てみるのも一興ではないでしょうか?
神村真