7月4日に九州で球磨川が氾濫しました。
その後も各地で河川氾濫が相次いでいます。
ニュースで聞く避難された方々の声の中には、やはり「洪水が起こるとは思っていなかった」というものがありました。
川辺に暮らす人々は、かつては川の恩恵を受けながら、時に氾濫する川と付き合うすべをよくご存じだったようですが、治水工事の進行や生活の変化にともなって、そのすべも次第に失われていっているようです。
しかし、現在は、様々な情報がインターネット上で公開されているので、自分の住む地域の雨のこと、川のことを知りたいと思えば、簡単に調べることができます。
今回は、7月3日から4日の熊本県人吉市での降雨量と球磨川の河川水位の記録から、洪水発生までの様子を振り返ります。
このブログの読者の皆さまの中に、河川洪水による浸水地域に住む方がおられれば、私と同じように、近くの河川の洪水履歴を調べてみてください。
豪雨時の避難を決断するための役に立つと思います。
球磨川の氾濫が発生したのは、2020年7月4日の朝です。
朝に洪水が起こるということは、その日の前の晩からたくさん雨が降っていたということなので、
2020年7月3日と4日の、
を調べることにしました。
降雨、河川水位ともに、人吉市に観測所があるようですので、人吉市をデータ収集地点としました。
降雨情報は気象庁、球磨川の水位は国土交通省九州地方整備局八代河川国道事務所のウェブサイトで検索することができました。
気象庁のデータベース(過去の気象データ検索)
https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php
国土交通省九州地方整備局八代河川国道事務所のウェブサイト
http://www.qsr.mlit.go.jp/yatusiro/kumagawa/bousai/water0000.html# 球磨川水位
図-1に、上記のデータベースから得たデータを用いて、7月3日から4日にかけての48時間での累積降雨量と球磨川水位の変化をまとめたものを示します。
左側の縦軸が累積降雨量、右側の縦軸が水位です。
1時間当たりの降雨量ではなく、累積降雨量を用いたのは、河川が「底に穴のあいたバケツ」のようなものだと考えれば、短い時間で累積降雨量が多くなるほど、河川水位(バケツの水の水位)が急上昇するのではないか?と考えたからです。
逆に、累積降雨量が多くても、その増加速度が緩やかであれば、河川水位の上層速度も遅くなるので、洪水までの時間稼ぎができるはずです。
図から、累積降雨量と時間の関係と河川水位と時間の関係は、ほぼ平行に推移していて、累積降雨量と河川水位の間には密接な関係があることが分かります。
このグラフを見ると、わずか12時間ほどの間に200mmもの雨が降り、河川水位が急上昇したことが分かります。
しかも、球磨川の水位が急激に上昇しはじめるのは、3日20時以降。
人吉市が避難指示を出したのは7月4日午前5時15分なので、その約2時間後に水位が計測不能になったことになります。
図-2に、7月3日から4日にかけての累積降雨量と球磨川水位の関係を示します。
この図から、水位と降雨量が比例関係にあることが分かります。
累計降雨量が50mm~200mmでは、累積降雨量と水位の関係はほぼ直線関係にありますので、3日の夜8時頃から4日の未明にかけて降っていた雨の量と同量の雨が降り続けば、翌日には洪水が発生することが推測できます。
図-3に、7月3日~4日の1時間ごとの降雨記録を示します。
3日の14時頃から1時間10mmを超える「やや強い雨」が降り、20時頃からは降雨量が20mmに達するようになります。
4日に入ると、雨はさらに強くなり、4日2時には、1時間当たりの降雨量が約70mmという「非常に激しい雨」が降ります。
一旦、雨は弱まりますが、明け方の5時には、再び30mmを超える「激しい雨」が降り、さらに、8時には再び60mmを超える「激しい雨」が降ります。
4日の午前8時の水位が記録できていないので、このころには、既に人吉観測所付近でも氾濫が発生していたと考えられます。
このように、過去の気象情報と河川水位を振り返ると、「あの時、どの程度の雨が降っていて、河川の水位はどのように変化したのか」を知ることができます。
洪水に至らなかった場合の記録でも、どのような雨が降れば、河川水位が変化しているかを知ることで、一つの目安ができると思います。
例えば、洪水時やそれに近い状態での図-1や図-2を持っておき、激しい豪雨が続いているときに、この図の上に、今降っている雨や河川水位の情報をプロットしていくと、「あの時と同じだ」とか「思ったほどひどくないな」といった判断ができると思います。
気象庁のウェブサイトでは、雨雲の動きを1時間先まで5分単位で確認できるようになっているので、この情報も合わせると、「この雨雲は、あと2時間は上空にいそうだから、まずいな」というような、少し先の判断までできるようになると思います。
気象庁 雨雲の動き
https://www.jma.go.jp/jp/highresorad/
洪水が発生している時点で異常な雨であることには間違いなのですが、どの程度異常であったかを知るために、1970年からの降雨記録を確認しました。
降雨の異常性を知ることは避難の決断にも役立つと思います。
図-4に、1970年から2020年までの6月と7月の降雨量の頻度分布図を示します。
6月の降雨量の最頻値は、400~500mmで、7月の最頻値は、200~300mmです。(2020年7月は、12日までの値を用いています)
2020年6月の降雨量は546mmで例年並みであったことが分かります。
一方、7月は、4日までの降雨量が420mm(1日、2日は降雨量ゼロなので、3日~4日にかけて降った雨の量)で、7月1か月分以上の雨が、たった2日間で降ったということになります。 図-5には、6月と7月での1日最大降雨量の頻度分布図を示します。
2020年7月3日の降雨量は121mm、4日は299mmです。
4日の299mmは、1970年から2020年までの30年間の中で第3位です。
最大降雨量を記録したのは1995年7月。
2位は2006年7月です。
このように、今回の豪雨は、30年間の梅雨時に降る雨の中でも記録的なものであったことは間違いありませんが、一度も降ったことがないようなものでないのです。
さて、7月3日から4日の間に気象庁が発表した人吉市に対する注意報と警報を以下に示します。
7/3 11:28 大雨注意報
7/3 16:50 洪水注意報
7/3 22:52 洪水警報
7/4 4:50 大雨特別警報
国立情報学研究所
特別警報・警報・注意報データベースより
http://agora.ex.nii.ac.jp/cps/weather/warning/
この履歴と図-1を見比べると、洪水警報は、河川水位が急激に増加し始めた頃に発表されていることが分かります。
しかし、夜の11時前です。
多くの人はこの警報に反応することができなかったと思います。
このことは、警報が発表される前に、逃げる判断をしなければならない場合があるということです。
特に、以下の条件に当てはまる人は、早めの判断が必要です。
また、病院や老人ホームなどの管理者も、同様に早い判断が求められます。
このような方々は、長洪水注意報が出た段階で、避難開始を決断することを勧めます。
人吉市のように、注意報の発表が夕方の場合も、注意報の発表段階で避難を決断をすることお勧めします。
夜中に注意報が警報に引き上げられると、そのことに気づかず、避難が遅れる可能性があります。
また、夜間の避難行動は、非常に危険です。
明るいうちに避難の準備と避難を完了させるようにしましょう。
小さい子供や高齢者がおられる家庭も、注意報の段階で避難準備を始め、準備出来次第、避難してください。
様々な理由で避難所に出向けない方々は、想定浸水深よりも高い位置の居室で就寝するように準備しましょう。
自宅が水没する可能性のある方は、早々と避難所に向かうか、浸水地域以外の宿泊施設などを確保して、その日は外泊を楽しむことにしましょう。
ペットを飼っている人で、想定浸水深以上の高さに居室がない人は、注意報段階で、近くの親戚やペットホテルにペットを預けましょう。
ペットの受け入れが可能な避難所の有無についても事前に確認しておくことをお勧めします。
病院等の管理者は、注意報の発表が夕方で夜間に警報の発表が出る可能性が高い場合は、スタッフが多い日中に、重症患者や移動が難しい患者を優先的に安全な階に移動してもらいましょう。
夜半でも移動可能な患者や入居者には、警報発表とともに上階への避難が必要になる旨を伝え、就寝してもらうようにしょう。
施設管理者は、夜間の河川水位や降雨量、気象庁や自治体からの避難情報を注視し、避難のタイミングを逃さないようにしてください。
これだけ準備しておけば、もしも洪水が起こっても、命の危険は回避できるはずです。
なお、既存の公開情報を活用しましょう。
朝からずっと強い雨が降っているとか、経験したことのないような雨が降っていると感じた場合、図-1や図-2を作成し、累計降雨量がどの程度なのか、河川水位は急激に増加していないかを確認してください。
その地域の平均的な1日あるいは月間降雨量を把握しておくことも重要です。
気象庁が発表する降雨量を聞いても、多いのか少ないのかも判断できなければ危険を予知することが難しくなります。
現在は、浸水地域にも多くの住宅が建設されています。
住宅は、浸水すると跡片付けが大変です。
昔の住宅は、畳さえ水に浸からないように避難させておけば、浸水したとしても、水洗いし、乾燥させれば、しばらくすれば住めるようになりました(土壁の補修は必要ですが…)。
しかし、今の住宅は違います。
高気密なので、内部に侵入した水は自然に排出されません。
また、グラスウールのような断熱材を使用している場合、断熱材が水を吸ってしまうので、使い物にならなくなります。
このようなことになるので、可能であれば浸水地域に新たに住宅を建設する場合は、想定浸水深以浅には居室を設けない等の対策を取ることをお勧めします。
また、既に浸水地域に住んでいる方々は、どうか、近隣の河川水位や降雨記録を調べて下さい。
その経験は、あなたを洪水被害から遠ざけてくれるはずです。
気象庁や自治体の避難情報は、ここで示したことよりも遥かに高次元の情報分析に基づいて発表されています。
避難に時間を要する方々は、自分の記憶や経験はあてにせず、気象庁や自治体の発表に従いましょう。
神村真