• 地盤の専門家神村真による宅地防災の情報発信サイト

今年の5月「マンションの杭が所定の深度に到達していなかった。」という報道がされていました。

杭工事では、杭を施工する機械で深度ごとの抵抗の大きさを計測していて、地盤調査結果と抵抗値を比較することで、杭の先端が目標とする地層に到達したことを確認しています。

これを「着底管理」と言いますが、杭が所定深度に到達できなかった原因は、着底管理に問題があったのかもしれません。

今回は、着底管理にとって重要な、「地盤調査結果のばらつき」について考えていきたいと思います。

  1. 地盤調査結果のばらつきの重要性についての気づき
  2. 試験結果のばらつきの評価
  3. 敷地内多点調査の重要性と課題
  4. まとめ

1.地盤調査結果のばらつきの重要性についての気づき

もう10年ほど前の話ですが、私が地盤調査に関わった杭工事の現場で

「計画深度になっても施工中の抵抗値が着底管理基準値に到達せず、杭の施工長が計画よりも長くなってしまう」

という現象が発生しました。

杭の設計者と施工業者は、私たち地盤調査会社に「この現象の原因は、地盤調査結果が間違っていたからだ」と、保証を求めてこられました。

調査結果と設計図書を確認すると、杭の先端支持力と周面抵抗力の算出に、標準貫入試験結果がそのまま使われていることが分かりました。

使用された調査データは、敷地内で唯一のものでした。

その時点で私は、地盤調査業務に携わって10年以上経過していましたが、標準貫入試験で計測されたN値をそのまま設計に用いることはないと考えていました。

なぜならN値は、調査者、使用する装備、場所の影響によって、ばらつきが非常に大きいことが知られているためです。

ところが、杭の設計者と施工者は、このばらつきを考慮していませんでした。

当時、私は懸命に、調査結果の取り扱いについては「ばらつき」の考慮が必要である旨を説きましたが、彼らにとっては初めて耳にすることで、「そんなに精度の悪い試験をしているのか」とお叱りを受けてしまいました。

この経験は、「地盤ばか」の私にとっては衝撃でした。

それまで、高規格道路盛土や一級河川堤防、高圧送電線の鉄塔基礎など、様々な土木系構造物基礎の設計に関わってきましたが、常にN値をはじめとした地盤定数の設定に当たっては、同一地層であっても計画工区内でのばらつきを考慮していました。

この時の対応で、私は、建築分野では、標準貫入試験結果がそのまま利用される可能性があるということを初めて知りました。

2.試験結果のばらつきの評価

何らかの材料を対象とした強度試験等は必ず「ばらつき」が存在します。

多くの場合、得られた試験結果は、図-1のような正規分布をします。

図-1 正規分布

この正規分布は、とても便利なツールで、平均値からどの程度離れれば、全試験結果の何%が、その値よりも大きくなるか(あるいは小さくなるか)を知ることができます。

例えば、90%の確率で再現できる値は、次式で表されます。

90%の確率で再現できる値=(1-1.3×(変動係数))×(平均値)

このグラフから明らかなことは、平均値を強度の代表値とすると、50%の確率で危険側の設計になることがあるということです。

これを避けるために、平均値よりも小さい強度を設計用の強度として使うことになります。

土木学会の資料によれば、鋼材強度の変動係数は10%程度のようですので、試験結果の90%が含まれる材料強度は、平均値×0.87となります。

【参考】
鋼構造シリーズ12
座屈設計ガイドライン 改訂第2版[2005年改訂版]
土木学会鋼構造委員会座屈設計ガイドライン改訂小委員会 2005年
第5章
http://library.jsce.or.jp/Image_DB/committee/steel_structure/bklist/54624.html

さて、工場生産される鋼材の強度にも「ばらつき」があることはご理解いただけたと思いますが、自然の力が作り出した地盤の「ばらつき」とはどの程度のものなのでしょう。

牧原ら(1995)は、東京周辺の地層を対象に標準貫入試験結果を収集し、N値の頻度分布図を作成しています。

地域ごとに整理したN値の頻度分布から、対象とした地層の変動係数は20~30%程度となることが分かります。

この場合、試験結果の90%が含まれる強度は、平均値 ×(0.61~0.74)となります。

このように、地盤の強さを表す指標の一つであるN値は、工場で生産され鋼材の強度の「ばらつき」に対して2倍以上の「ばらつき」を有しています。

このため、敷地内で唯一の調査結果が、その敷地の平均値に一致していたとしても、その敷地内のN値が平均値以上となる可能性は50%しかないのです。

なお、地盤の変形強度特性に関わる定数は、N値から推定することが多いので、各地層の代表的なN値を決定する際に、ばらつきを考慮したN値の低減を行わなければ、杭の支持力を過大評価することになります。

【参考文献】
牧原依夫,田部井哲夫,山口英俊,笹尾光:東京付近に分布する地層のN値一ばらつきの実態と地域性一,基礎構造物の限界状態設計法に関するシンポジウム発表論文集,土質工学会,pp.201-206,1995.5.

3.敷地内多点調査の重要性と課題

我が国の地層は非常に複雑です。

特に住宅の支持地盤として重要な、地表から下方に10m付近までの地層は、目まぐるしく変化することが多いものです。

このため、敷地内の1か所でボーリング調査(標準貫入試験)を行っただけでは、地盤のばらつきを評価することは困難です。

一方、スウェーデン式サウンディング試験は、敷地内の4~5か所で実施することが一般的です。

また、深度1m区間で25cmごとに調査結果を記録するので、深度1m当たり16~20個の計測結果を得ることができます。

これだけの計測結果があれば、敷地内での地盤のばらつきを評価することは可能になります。

住宅の地盤調査では、ボーリング調査(標準貫入試験)を敷地内で複数点実施することは費用の面から困難です。

一方で、スウェーデン式サウンディング試験は比較的廉価で、広く普及しています。

これらの試験方法を組み合わせて、地盤調査を行うことは非常に有効だと考えらえます。

ところが、この試験方法には類似した問題点があります。

それは、人が調査をしていることによる問題です。

例えば、標準貫入試験ですが、ハンマーの落下高さを調査者が目検討で行う方法が今でも行われていますし、打撃回数は、オペレーターの記録に頼るものが大半です。

地盤工学会の資料によれば、監督者の立会いの有無によって、N値の深度分布に明らかな差があることが分かります。

【参考文献】
公益社団法人地盤工学会:地盤の調査方法と解説,pp.302-303,2014.

スウェーデン式サウンディング試験は、全自動の試験機が広く普及しましたが、その装置の据え付け状態が悪ければ、正しい調査結果を得ることができません。

機械が水平に据え付けられていなければ、ロッドは鉛直に貫入できませんので、その影響が試験結果に表れます。

このように、地盤調査結果を設計に用いる場合、地盤そのもののばらつきに加えて、試験方法や試験者によるばらつきについても配慮する必要があるのです。

前述のように、監督者の有無が試験結果に影響を及ぼします。

監督者がいることだけで試験精度が向上するのであれば、ご自分の物件については、地盤調査の立ち合いをされては如何でしょうか?

ちなみに、スウェーデン式サウンディング試験については、地盤の知識をほとんど持たずに調査を行っている場合が多いと思います。

彼らは、機械を据え付けているだけなので、調査機械を水平に据え付けることの重要性や音を記録することの重要性を十分に理解していません。

ボーリング調査でも同じです。

昔は土質試験室に数年勤務した後、熟練の機長(オペレーター)の手元で数年間修行して、ようやく機械を任されるということが普通でした。

しかし、現在では、手元工から始めて1年足らずで、機械を任されることも珍しくないようです。

このような未熟な調査者を、発注者が育てていく必要があるようです。

4.まとめ

「地盤はよく分からない」という言葉をよく耳にします。

これは、「よく知らない」というだけかもしれません。

地盤はかなり変わった素材ですが、家を支えるための重要な材料です。

「よく分からない」で放置せず、もう少し知って頂けないでしょうか?

地盤は、家を建てるうえで不可欠な材料です。

「知ろうとすること」で、よりよい住宅づくりが始まるかもしれません。


神村真



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