住宅の基礎地盤の安全性評価について、不十分な点が多いと感じることがありますが、中でも地震力が作用する時の地盤の支持力評価については、四号建築物では、検討されていないケースが多くあります。
「地盤の支持力評価」とは、建物の自重や地震力等の外力に対して、地盤が大きな変形を生じることなく、安定した状態で建物を支えることができることを確認することです。
常時作用する外力と地震時に作用する外力は異なるので、本来であれば、常時・地震時のどちらに対しても支持力を検討する必要があります。
さて、そんなに大切なことがなぜなされていないのか?
これは、地盤の支持力評価の主体が、住宅を設計する建築士ではない場合があることに起因しています。
今回は、建築士が支持力評価や地盤補強工法の検討依頼先に、どんな情報を提供しなければならないか?について考えてみました。
建物にとっての地震力は、基礎に水平や鉛直方向の加速度が作用することで発生します。
ここでは、問題を単純化するために、地震力は、水平力しかないものとして話を進めていきます。
図-1に、地震力によって生じる「滑動」と「転倒」という現象と、その現象によって接地圧がどのように変化するかを模式図で示します。
それぞれの現象の理解を深めるために、机の上に水筒が置いてある状態を想像してください。
直径5cm、高さ10cm程度の水筒です。
この水筒の中央付近を指で水平に押してみましょう。
水筒は、横方向に滑りながら移動しませんか?
これが「滑動」です。
この「滑動」を、例えば携帯電話等で遮ると、水筒は倒れますね。
これが、「転倒」です。
このように、地震力は、住宅を「滑動」させたり「転倒」させたりする力です。
私の知る限り、何かの上に設置する構造物の基礎設計では、この2つの挙動に対して、基礎が安定した状態を保てることを必ず確認します。
滑動に対する抵抗力の模式図を、図-3に示します。
地震力(水平力)に対して、基礎底面でのせん断抵抗力と、基礎側面での受働抵抗力の二種類が作用します。
通常、受働抵抗力は、発揮されるまでにある程度の変位が発生するので、設計上考慮しません。
このため、設計では、滑動に対する抵抗力は、基礎底面での摩擦抵抗力のみです。
基礎底面での摩擦抵抗力$R_{f}$は、中学生の理科でも習う次式で表されます。
$R_{f}=W・\mu$
$W$は建物の自重、$\mu$は基礎底面と地盤間の摩擦係数です。
日本建築学会の建築基礎構造設計指針(pp.158-159)では、摩擦係数は、地盤でのせん断抵抗を摩擦係数に換算することが適当であると書かれています。
また、土質試験をしない場合は、$\mu$は0.4~0.6の範囲で決めればよいとされています。
建物の高さが、基礎の幅に対して高くなるほど、転倒させようとする力は大きくなります。
建物を転倒させようとする力を「転倒モーメント」と呼びます。
転倒モーメントと鉛直下向きの建物自重が同時に作用している状態を、鉛直下向きの荷重だけで説明しようとすると、建物の自重が重心からいくら離れた位置に作用しているかで説明できます。(図-4)
この建物の自重の作用点と重心からの距離を偏心量eと言います。
この偏心量が大きいほど、転倒モーメントが大きく、建物は不安定化していきます。
転倒モーメントが作用すると、基礎底面接地圧は変化します。
先ほどの机の上の水筒を思い出してください。
携帯電話で水筒の滑動を止めると、水筒の底面は、携帯電話で抑えている側は机上に接していますが、反対側は浮き上がっています。
この時、水筒底面での接地圧は、図-5に示した正方形分布→台形分布→三角形分布と変化しているのです。
つまり、地震力が作用すると、基礎底面に作用する最大接地圧は増加するのです。
現在、多くの住宅会社が、地盤の支持力評価を地盤調査会社や地盤保証会社に一任していると思います。
しかし、四号建築物の場合、基礎接地圧の具体的な指示がない場合が多くあります。
これは、多くの住宅でべた基礎が採用されており、べた基礎が採用可能な地盤の長期許容支持力度が20kN/m2以上であることと決められていること(平成12年建設省告示1347号第1)と、四号建築物の基礎接地圧が20kN/m2よりも小さい場合が多いことと関係します。
しかし、地震力が作用した場合の基礎接地圧については、そんなに単純ではありません。
先に述べた転倒モーメントが作用するためです。
地震力作用時の接地圧の算出方法については、日本建築学会の小規模建築物基礎設計指針pp.112-118にその記載があります。
この記載から、地震力作用時の接地圧は、各階に作用する地震力とその作用点の高さそして転倒モーメントの回転軸に対する基礎の断面二次モーメントが分からなければ、算出できないことが分かります。
つまり、住宅会社が地震時の接地圧を計算し、地盤調査会社や地盤保証会社に提供しないと、地震時の支持力評価を行うことはできないのです。
建築士は、調査会社等に地盤の支持力評価を委託する場合は、長期・短期時の検討に必要な接地圧を、明示して頂けますようお願いいたします。
今回のお話は、四号建築物に対する特例にも関係するお話です。
住宅業界は、現在の大量消費モデルではなくなっていきますし、消費者が賢くなり、劣悪な性能の住宅を提供する企業が淘汰される速度も早まると考えられるので、ここで書いたお話は10年後には昔ばなしになっているかもしれません。
しかし、私がこの業界に来てから約15年間、この問題は大きく変化していません。
日本では、住宅の供給を急ぐ必要があった時期がありましたし、住宅産業は、内需拡大の主軸でもありました。
このため、木造二階建ての一般的な住宅の設計とその審査は、相当簡素化されました。
その結果、一棟ごとに構造計算をしなくても家ができてしまうようになりました。
しかし、建築基準法に準じた設計が行われた住宅でも、震度6強以上の地震が来たら、相当なダメージを受けます。
地盤に対する支持力評価が不十分であれば、地震時に地盤が大きく変位してしまい、住宅のダメージはさらに拡大するかもしれません。
消費者は無知です。
「住宅は、国家資格である建築士が設計したものだから安心だ」と思っています。
私もそういう消費者の一人でした。
建築士の方々、どうか、これから設計する住宅は、構造計算を行い、少なくとも深度6強でも損傷限界を超えないことを確認した住宅を作ってください。
神村真