先月、東京都調布市での道路陥没が話題に上がりましたが、日本の道路では、陥没が大きな課題になっていることをご存じでしょうか?
2018年6月には「都市の危機管理における路⾯下空洞対策に関する提⾔」が出されるなど、専門家の間では、「今そこにある危機」として考えられています。
⼀般社団法⼈ レジリエンスジャパン推進協議会 HPより
http://www.resilience-jp.biz/20180606161523/
今回は、調布市での陥没の概要を振り返りつつ、陥没発生のメカニズムや宅地でのリスクについて考えたいと思います。
2020年10月18日に、東京都調布市の民家前面道路で陥没が発生しました。
東京外環トンネルの路線上に位置する地域での出来事だったので、トンネル工事との因果関係に関心が集まっています。
図-1に東京外環トンネル施工等検討委員会が公開している、シールドトンネル工事箇所と陥没事故発生個所の位置関係を示します。
図からトンネル掘削深度は、地表面から47.4mも離れていることが分かります。
【参照】国土交通省東京外かく環状国道事務所 東京外環トンネル施工等検討委員会記録
https://www.ktr.mlit.go.jp/gaikan/pi_kouhou/tu2_kiroku.html
図-1 陥没事故発生個所とシールドトンネル工事箇所の関係
酒井ら(1990)は高さ20cm、長さ60cmの砂地盤の底面に、幅10cmの扉(トラップドア)を設け、この扉を下方に変位させることで、地下空洞発生時に地下から地表面に向かって、どのような破壊が発生していくかを確認する実験を行っています。
図-2に、用いた実験装置の概要を示します。
また、図-3に、実験によって観察された地盤内の破壊線の様子を示します。
図-3から、トラップドアが、10mm(ドアの幅の10%)下方に変位することで、破壊が地表面付近まで到達することが分かります。
調布市の現場では、土質もシールドが通過する深度も何もかも違うのですが、図-3から、直径15m程度の巨大シールドマシンが、計画以上の土砂を取り込むことで、シールドマシン上方の地盤に大きな影響を及ぼすことは想像できると思います。
このため、シールドが通過する周辺地盤を補強するなどの対策が、シールド掘削では併用されます。
図-2 酒井ら(1990)が用いた模型実験装置
図-3 模型実験による地中空洞発生時の地盤内での破壊の進行状態の確認結果
【参照】
酒井俊典,田中忠次:模型実験による進行性破壊とスケール効果の検討 ― 砂地盤におけるトラップドア問題の研究(I),農業土木学会論文集,Vol.147,pp.15-26,1990.
今回の陥没についての原因調査は、現在行われていて、現象の解明にはまだ時間を要します。
私は、現時点では、地表面からシールドまでの距離が50m近いことから、シールドによる土砂の取り込み量のみでは、地表面の陥没は説明できないのではないかと考えています。
しかし、東京外環トンネル施工等検討委員会記録に公開されている写真や陥没の断面概要等からは、既存の下水管下方に陥没が広がっており、下水管に土砂が流入したことで発生する陥没とは異なるメカニズムのように見えます。
いずれにしても、調査報告が公開されたら、このブログで改めて共有したいと思います。
さて、1.で、「陥没の原因は シールドトンネル工事だけとは言えないのでは?」と書きましたが、それには理由があります。
国土交通省は、道路での陥没事故に関する統計データを公開しています。
図-4に、都市部での道路の陥没発生件数と原因を示します。
この図から、平成29年度の1年間だけで、政令指定都市の道路で3,000件近い道路陥没が発生していることが分かります。
また、陥没の原因は、道路側溝・管渠・下水道等が全体の半分程度を占めていることが分かります。
【参照】国土交通省HP 路面陥没発生状況
https://www.mlit.go.jp/road/sisaku/ijikanri/ijikanri.html
図-4 都市部での道路の陥没発生件数と原因
件数の多さにも驚かされますが、道路陥没の多くが、側溝や管渠・下水管に関係していることにも驚かされます。
2019年11月に開催された第1 回 路面下空洞対策連絡会で、東京大学生産技術研究所の桑野玲子先生は、「路面下空洞の実態と陥没対策」と題した講演をされています。
この講演資料の中で、陥没が、下水管の破損などに起因する地中空洞の形成が主原因であることが示されています(図-5参照)。
【参照】東京大学生産技術研究所桑野研究室HP
第1回 路面下空洞対策連絡会を開催しましたよりダウンロードできます。
図-5 道路下空洞の生成原因
このことから、道路陥没の多くは、雨水排水設備の破損等による不適切な雨水浸透や管渠・下水道の破損による周辺土砂の管路への流入によって生じていると考えられます。
つまり、われわれの生活を支えるはずの施設が、老朽化等によって道路陥没をもたらしているということです。
宮城県仙台市では、2009年9月に大規模な陥没が発生しましたが、この発生原因は、地下埋設管の継ぎ目が開いていたことで、管路内に土砂が流入したことと結論付けられています。
【参考文献】草修,菅野敏夫,吉田与:平成21年仙台市泉区高森地区道路等陥没事故報告,地盤工学会誌,Vol.58,No.8,pp.44-46,2010.
また、炭鉱跡等の既存の地下空洞の崩壊によっても陥没は発生しています。
岐阜県は、2020年6月に可児郡において、亜炭鉱跡が原因と思われる陥没が発生し、住宅に被害が出たことを報告しています。
【参考資料】岐阜県商工政策課 亜炭鉱廃坑対策室:御嵩町中地内における亜炭鉱廃坑による特定鉱害(浅所陥没)と疑われる事案について,2020年6月17日
坑道に起因する陥没は、公共施設の老朽化とは異なる問題ですが、既存施設の老朽化という観点から見れば、類似した問題のように思えます。
坑道がどこにどのように分布しているかという情報は広く公開されていないようです。しかし、市内に坑道跡があり、何らかの被害が生じる可能性のある市区町村では、このような被害(特定鉱害)が発生した場合の対処方法をホームページで公開しています。
【参考資料】宇部市ホームページ 鉱害
https://www.city.ube.yamaguchi.jp/machizukuri/kenchiku/kougai/index.html
「陥没」というと、自分とは関係のないことのように感じます。
しかし、陥没の多くが側溝や地下埋設管などの老朽化に起因しているとなると、陥没は対岸の火事ではありません。
開発されてから数十年が経過した造成宅地では、地下埋設管が老朽化しているかもしれません。
あるいは、大規模な地震を経験した地域では、埋設管が破損し、静かに地下空洞を形成中かもしれません。
このように考えていくと、陥没は、宅地のリスクとしては、非常に大きな問題と考えられます。
陥没に関するリスクをどのように評価していくかについては、私自身、未整理の状態です。
冒頭に述べた道路陥没に関する提言の実行状況等の調査を行いつつ、今後、このブログで情報発信していきたいと思います。
神村真