• 地盤の専門家神村真による宅地防災の情報発信サイト

とうとう6月となり、本格的な雨の季節が始まりました。

この季節になるといつも考えることがあります。

「いつになったら日本の宅地は、洪水で水没することがなくなるんだろう」

今回は、2019年の千曲川での洪水事例を振り返り、今、何をするべきなのかを改めて考えたいと思います。

  1. 河川洪水の実態 越流と決壊
  2. 河川洪水の実態 霞堤
  3. 防ぐことができない河川洪水
  4. まとめ

1.河川洪水の実態 越流と決壊

2019年10月、台風19号がもたらした大雨は千曲川の各所で様々な被害をもたらしました。千曲川堤防調査委員会は、堤防が決壊した長野県長野市穂保地先と堤防欠損のあった長野県上田市諏訪形地先での被害について、詳細な原因調査結果を報告しています。

【参考資料】千曲川堤防調査委員会:千曲川堤防調査委員会報告書,令和 2 年 8 月 http://www.hrr.mlit.go.jp/river/chikumagawateibouchousa/index.htm

この大雨で越水や溢水等、何らかの形で堤防から水があふれてしまった箇所は、表1に示すように数多くありますが、ここでは、決壊があった左岸57.5k付近 長野県長野市穂保地先での報告内容を簡単に紹介します。

表1 2019年10月の台風19号による豪雨での千曲川における越水・溢水箇所

調査報告書では、越水・浸透・浸食の3つのポイントから、堤防が壊れてしまった理由を考察していますが、最終的には、越水によって堤防の内側(川とは反対側)の堤防のり面が崩壊したことが決壊の原因とされました(破堤のプロセス図-1参照)。

図2に、堤防決壊の想定プロセス図を示します。

図-1 長野県長野市穂保地先での堤防決壊の想定プロセス

一方、同報告書には、千曲川の勾配と川幅に関する図が掲載されています。

河川勾配が長野盆地に入り緩やかになるものの、52k付近から川幅が急激に狭くなることが分かります。

このことから、長野盆地付近では、上流から大量の洪水が供給されるものの、下流側では河川断面が小さくなるので、河川水位が高くなりやすいことが想定されます。

図-2(i) 千曲川の川幅
図-2(ii) 千曲川・信濃川の河川勾配

表1から越水や溢水が発生した箇所は、数多くありましたが、なぜ、この場所だけが決壊したのかは明らかではありませんが、一つ分かるのは、記録的な豪雨になれば、河川が溢れて周辺に被害が出るということです。

なお、堤防の決壊した地域には過去の洪水時の水位を表す水位標が各所に設置され、洪水時の危険性が示されていたようです。

【参考資料】千曲川河川事務所 千曲川の洪水水位標 http://www.hrr.mlit.go.jp/chikuma/shiru/kouzui/suii/index.html

図-3 には堤防決壊地域のハザードマップを示します。図から堤防が決壊した地域付近の浸水深は10~20mです。このような地域になぜ住宅を建設できるのか不思議でなりません。

図-3  堤防決壊箇所付近でのハザードマップ(十字の箇所が堤防決壊位置付近)

【参考資料】重ねるハザードマップ https://disaportal.gsi.go.jp/

2.河川洪水の実態 古い堤防「霞堤」が関与した事例

長野県千曲市では、堤防の決壊ではなく、「霞堤」という古くからの堤防の形式が残存していたことに関連して洪水が発生しました。

図-4に霞堤の概要を示します。

図-4 霞堤の概要

霞堤は、河川勾配が急な地域で採用されていた堤防の形式で、上流での洪水を下流側の堤防で補足し、河川に戻すことを目的としています。また、河川勾配が緩い地域でも採用されており、この場合は、河川流を逆流させ、氾濫原に意図的に洪水を発生させ、下流域への流下量を抑制する役割を果たします。氾濫した水は、河川水位の低下に伴い、自然に河川に戻っていくという機能も有しています。

【参考資料】大熊孝:「霞堤」は誤解されている,特定非営利活動法人 新潟水辺の会 ホームページhttps://niigata-mizubenokai.org/

図-5に、洪水の流れと浸水地域を示します。川は、図の下から上に向かって流れています。

図-5 洪水の流れと浸水地域の分布(図下側が上流) 

【参考文献】山本晴彦:2019年台風19号による長野県の被災状況と課題,消防防災の科学,No.141,pp.36-45,2020

この図を見ると、洪水は、上流側の開口部から霞堤に沿って移動し、霞堤を越えて下流側に広がっており、上流側の霞堤から下流側の旧霞堤にかけた範囲で浸水被害が発生したことが分かります。

図-6に、1960年の地形図を示します。また、図-7に、地表面の傾斜量の大小を表した傾斜量図を示します。

図-6 1960年の地形図に見られる霞堤(赤色実線。上流・下流ともに、堤防の不連続箇所が確認できる)

【参考資料】時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」https://ktgis.net/kjmapw/

図-7 傾斜量図(赤線丸:下流側の霞堤では堤防の不連続箇所が解消されている)

【参考資料】国土地理院 地理院地図 https://maps.gsi.go.jp/

図-6から、1960年には堤防の開口部が、上流・下流ともに残されていたことが分かりますが、図-7では、堤防の開口部が、現在では上流だけとなっており、下流側の開口部が閉塞されていることが分かります。

このことから、上流側の開口部から堤内地に受入れた洪水が、下流側で河川に戻ることができず、堤内地で浸水被害が発生したように見えます。

下流側の開口部が残されていた場合、下流側でも堤内地に洪水が浸入した可能性があり、下流側の開口部の閉塞と浸水被害の関係は定かではありませんが、従来の洪水対策システムが中途半端に残されていることは、浸水被害と何らかの関係があると考えられます。

3.防ぐことができない河川洪水

1.、2.で、2019年に発生した二つの洪水事例を見てきました。

一つは越流によって堤防が決壊したことで大規模な浸水被害が発生した事例。もう一つは、古い堤防機構が中途半端に残存したことで、被害が拡大したと思われる事例でした。

いずれの地域も氾濫が想定される地域でした。

このことは、ダムや堤防等を建設したことで、かつてのように頻繁に洪水が発生することは防げるようになりましたが、記録的な豪雨に対して、河川氾濫を完璧に制御することは不可能であり、氾濫が想定される地域では、被害を受ける可能性が極めて高いことを示しています。

旧来の堤防機能が中途半端に残されていることが、浸水被害の拡大と関連する可能性が示唆されており、この点について行政を批判することもできますが、それよりも、「被害を受けることが明らかな地域に特段の対策なしに人が住めること」の方が問題です。

本来であれば、国や自治体が、洪水の危険性の高い地域への居住を禁止し、居住する場合は、盛土による土地の嵩上げ等の対策を求めなければならないのですが、それすら行われず、個人の資産が奪われたり、命が危険にされされています。

このため、日本の水害被害は、人災と言っても過言ではありません。

4.まとめ

現代の技術でも、河川洪水を完全に克服することは不可能であることをご理解頂けたでしょうか?

「日本は土地がないから、水害の可能性がある場所にも住まざるを得ないんだ」そんな声が聞こえてきますが、それはご本心でしょうか?

先日、日弁連主催のセミナーで、「宅地問題は人権問題である」との発言を耳にしましたが、生命と財産の安全が確保されていない現状は、合憲なのでしょうか?

このように、国や自治体は頼りになりません。住宅を設計する側の建築士や消費者が災害に関する危険性を知り、対策を講じていかなければ、住宅はいつまでたっても「ストック」にはなりません。

一条工務店が「耐水害住宅」を発表しましたが、これは、設計者としての一つの回答だったと思います。

誰もが、ここまでのことができませんが、「建築士一人ひとりが、関わる案件ごとに災害リスクを想定し、そのリスクへの対策を提案していく」そんな当たり前のことができるようになれば、日本の住宅も「ストック」になりうるでしょう。

建築士の皆様。国民の資産が災害で毀損されないように、しっかりと対策をして頂けますよう、お願い申し上げます。

神村



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