• 地盤の専門家神村真による宅地防災の情報発信サイト

災害が発生すると報道番組では、被災者から「こんなことが起こるなんて」とか「50年くらい住んでいるが初めての経験だ」とかいう声を集めて放映していますが、あれは、何を伝えようとしているのでしょうか?

私のような地盤に関わる技術者であれば、災害の発生場所は見当がつきますし、数十年は、地球の営みから見れば「一瞬のできごと」であることを知っています。報道番組が集めてきた被災者の声が、大部分の被災者の意見であるなら、多くの人は、災害が発生することを知らずに住まいの場所を決めていることになります。

住宅購入は、個人にとっては最大の支出です。災害によって大きな損害が出れば生活が行き詰まります。ひと昔前なら経済は右肩上がりなので、多少の行き詰まりも短期間で克服できたと思いますが、経済成長がほとんどない時代では、一度の行き詰まりによって、再建を困難にし人生設計を大きく変更しなければならない可能性があります。

そのような事態に陥らないためには、まず、「災害で何が起きるのか」を知り、それによって「自分がどんな損失を被るのか」を知ることです。ここでは、地震時に、地盤がどのように破壊し、どんな被害が発生するのかを見ていきたいと思います。

  1. 斜面・擁壁の崩壊
  2. 谷埋め盛土の滑動
  3. インフラの浮上・不同沈下
  4. まとめ

1.斜面・擁壁の崩壊

写真-1、写真-2に、熊本地震の被害状況確認時に目にした、石積み擁壁(間知擁壁)の崩壊例と盛土斜面の崩壊例を示します。

写真-1 地震で崩壊した間知擁壁の一例
写真-2 盛土斜面の崩壊例

図-1に、地震時に、斜面と擁壁に働く力の模式図を示します。

斜面は、もともと滑ろうとする力が作用していているので、地震力(水平力)が作用すると、滑ろうとする力がさらに増加します。滑ろうとする力の和が、地盤の抵抗力を超えると、斜面は崩壊します。大雨の後は、地中に浸み込んだ雨水によって地盤の抵抗力が低下しているので、こういう時に地震が来ると、斜面が崩壊する可能性が高まります。

一方、石積み擁壁(ここでは、石と背面のコンクリートが一体化している間知擁壁(練積み擁壁)を想定しています)は、斜面にもたれかかっているだけなので、地震力(水平力)が、「もたれかかる力」を超えると、擁壁が前面に倒れます。写真-1では、分かりにくいのですが、この擁壁も前方に倒れています。

図-1 斜面と擁壁に作用する力

2.谷埋め盛土の滑動

写真-3に、地震によって滑動した谷を埋立てた造成宅地の様子を示します。ガードレールが斜面の下方向に大きく湾曲していて、谷を埋立てた個所が右から左に移動したことが分かります。また、青い服を着た人の右側の宅地では、間知擁壁が前面道路側に移動して、擁壁が崩壊している様子が確認できます。しかし、その手前の敷地では、擁壁の変状は見られません。この二つの住宅の間に、谷埋め部と地山部の境界があるため、このような差が生じたものと考えられます。

写真-3 谷埋め盛土の滑動

図-2に、谷埋め盛土の滑動に抵抗する力の模式図を示します。谷埋め盛土は、盛土の側面と底面での摩擦力によって支えられています。この図から、谷の傾斜が急で、谷幅が広く深いほど、抵抗力に対して滑り出そうとする力が大きくなることがイメージできると思います。

図-2 谷埋め盛土の滑動に抵抗する力

ところが、谷には水が集まります。このため、谷埋め盛土の内部には地下水が滞留します。この地下水は、谷の側面と底面に働く摩擦力を「潤滑油」のように低下させます。ここに、地震動が加わると、盛土底部付近で水圧が増加し、盛土底面での摩擦力はより低下します。

さらに悪いことに、盛土設計時には地下水の存在を想定しません。地下水の排水施設を設けるからです。しかし、これでは不十分な場合がほとんどで、谷埋め盛土の中には地下水が必ずと言っていいほど存在します。このため、盛土の自重は地下水の重さも加わって、設計時よりも大きくなっています。

このため、谷埋め盛土の安定性は、地震によって大幅に低下します。谷の傾斜角度が比較的急で、地震の規模が大きかったり、揺れている時間が長かったりすると、盛土の安定性を維持できなくなり、盛土部が滑り出します。

谷埋め盛土の住宅地は全国に無数にあり、その安定性は、まったく把握されていません。国は大規模盛土造成地を指定してはいますが、その指定方法や安全性の確認手法には問題が多いことが指摘されており、危険性が把握できていない盛土造成地が多々あるものと考えられます。

3.インフラの浮上・不同沈下

液状化現象は、地震時に地盤が液体のように振舞う現象です。東日本大震災では、千葉県浦安市での液状化の様子がSNSにアップロードされたので、動画で観た方も多い思います。

液状化現象が恐ろしいのは、地中埋設物に影響を及ぼすことです。写真-4に、液状化で浮上したマンホールを示します。

写真-4 液状化によって浮上したマンホール

土砂は液状化すると、水よりも密度が大きい液体になります。このため、体積のわりに自重の小さい管路やマンホールは、水よりも大きな浮力を受けて浮上します。結果、上下水道や共同溝等が被害を受け、インフラの供給が停止します。管路内に土砂が侵入した場合、管路の復旧には相当時間を要することになります。

1995年の兵庫県南部地震で、液状化によるインフラの被害が甚大であったことから、管路の液状化対策に関する研究が進められましたが、未だに更新が進んでおらず、大きな地震のたびに被害が発生しています。

液状化は、地震動によって地中内部の水圧が急上昇するために発生しますが、この圧力増加によって液状化した土砂が地上に噴き出します。これを「噴砂」と呼びます。

地表面に噴き出した噴砂は厚く堆積します。東日本大震災での千葉県浦安市では、乗用車が噴砂に埋まっている様子を多く見かけました。気密性に優れたべた基礎の場合、基礎内部に噴砂が流入することはありませんが、布基礎の場合、基礎内部に噴砂が侵入してくることがあります。

なお、液状化が発生すると、地中のものは浮き上がりますが、地表面のものは沈んでいきます。写真-5は建物の沈下と噴砂によって、地中に埋もれてしまったアパートの様子です。

写真-5 噴砂に沈んだアパート

4.まとめ

擁壁や斜面の崩壊、谷埋め盛土の滑動、埋立地での液状化。いずれも甚大な被害をもたらしますが、被害が発生する場所を予測することは可能です。

国土地理院の地理院地図のような便利なアプリを使って、住宅建設が計画されている土地が位置する地形を確認することで、その場所では「どのような災害に遭遇するのか」が分かります。それによって、どのように備えなければならないかが分かりますので、被災した時でも落ち着いて行動することが可能になります。

被災した後で生活再建のための原資について考えることは、本当に苦しい作業です。しかし、事前に被害を想定し、対処方法を決めておけば、避難生活で苦しい時に、難しいことを考える必要がありません。

災害リスクに関する考え方については、以下の動画などで解説していますので、参考にして下さい。

神村真



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