私は数年前から建物の振動特性を計測し、耐震性能を診断する技術に強い関心を持っています。
国土交通省は、住宅をストック化する方針を掲げていますが、「既存住宅は、十分な性能を持っているのか?」、そんなことが気になったことがきっかけでした。
気密性の計測は実測可能で、随分と普及していますが、耐震性の計測については、全然普及していません。
今回は、そんな耐震性能の計測について触れたいと思います。
建物に地震力(水平力)が作用したときに、建物の各階での動きを予測するために、建物を単純化します。その例を、図-1に示します。これは、建物の重さをボールで、各階の地震力に対する硬さを板バネで模擬したものです。
耐震性能とは、水平力が働いても、ボールが大きく横方向に移動せず、板バネの傾斜角が一定の範囲内に収まっていることです。この板バネの傾斜が一定の範囲を超えると、どこかの部材が壊れ、地震力が作用しなくなっても変位が残ることになるのです。
耐震性能が高いとは、板バネの傾斜角が許容値内に収まる水平力が大きいという意味です。例えば、傾斜角が1/100となる水平力が、構造物Aでは100kN、構造物Bでは200kNだったとすれば、構造物Bは、構造物Aよりも高い耐震性能を持っていると言えます。
図-1のボールと板ばねのモデルで考えれば、 板バネのばね定数(剛性)が大きいほど(板バネが曲がりにくいほど)、耐震性能の高い建物ということになります。
「2012年改定版 木造住宅の耐震診断と補強方法(日本建築防災協会と耐震改修支援センター)」によれば、耐震性能を確認する「耐震診断」は、「必要耐力」に対して「保有する耐力」がどの程度であるかを確認することによって行われます。「必要耐力」は、建築基準法で考えている「地震によって建物に作用する力」であり、「保有する耐力」は、建物の構造から判断できる「建物の硬さ」になります。
「地震によって建物に作用する力」は、想定する地震の大きさ(地震動の地表面加速度)と「建物の重さ」によって決まります。
また、建物の硬さは、図-1の板バネの硬さ(ばね定数の大きさ)で、壁や床の種類・形状・使用材料とその位置によって決まります。
つまり、「耐震性能が高い住宅」とは、作用する地震力に対して十分な硬さを持っている構造物のことで、大きな地震力を受けても、わずかな変形角しか発生しないし、各部材が破壊しない住宅の事です。
図-2は、国土交通省が示した建物に求める耐震性能を示した模式図です。図中の曲線は、地震時に部材に働く力と変形の関係を示したものです。
建築基準法では、「震度5強程度の中規模地震では、建物を構成する部材が損傷しない(無被害)こと」が求められます。しかし、それを超える地震では、「どこかの部材が修理可能な程度で破損すること」が許されています。さらに、大規模地震(震度6強から7に達する程度)を超える場合、建物が倒壊する可能性があるので、人が避難できるように急激な破壊が生じないように工夫することが求められます。
「耐震等級が2以上」の場合、想定する中規模地震の大きさが、建築基準法の標準レベルよりも大きくなることを意味しています。図-3に、耐震等級による変形と働く力の関係の模式図を示します。
この図から、耐震等級を大きくすることは、地震時に作用する力を大きくすることであり、耐えることができる地震の規模を大きくすることです。当然、中規模地震を超える地震でも損傷が出ない構造を確保することができ、場合によっては大規模地震でさえ損傷なしに耐えることも可能になるのです。
このように、耐震性能は、住宅の設計段階で定めた「住宅の強さ」で、とても重要な性能であることが分かります。特に、耐震性能は、建物の壁・柱・梁・床等主要な構造部材の組み合わせによって得られるものなので、建物が出来上がった後にどうにかすることが難しい性能です。このため、新築時に如何に高い耐震性能を確保しておくかということが、とても大事なのです。
さて、耐震性能が住宅にとって非常に重要な性能であることはご理解いただけたでしょうか?
さて、あなたは工場で生産された製品が出荷前に検査を受けることはご存じでしょう。自動車等でも、各部のチェックを行った上で、適切な性能が発揮されることを確認したうえで出荷されていますよね。
住宅はどうでしょう?
耐震性能にとって重要なのは住宅の構造を構成する部材だというお話をしましたが、壁材を取り付ける前に、耐震性能の確認はしなくてよいのでしょうか?また、見ただけで耐震性能を確認できるのでしょうか?
あなたが、耐震等級3がウリの住宅を作っているのなら、通常の地震力の1.5倍の荷重を作用させても、大丈夫な剛性を持った家ができたことを確認しなくて良いのでしょうか?
私のように疑い深い人間から見れば、強度は材質と寸法から評価できると思いますが、耐震性能を左右する剛性は、「見ただけでは分からない」と感じます。特に、住宅は現場一品生産ですので、見るだけではなく、何とか耐震性能を計測して欲しいと考えてしまいます。
このようなニーズは、実は随分前からあって、一般建築物の耐震補強のための事前調査や構造建築物の健全度調査などの分野では、すでに実用化された技術が存在します。
この技術の基本はとてもシンプルです。
図-4に地震動を受けた時のボールと板ばねモデルの動きを示した模式図を示します。このボールの振幅(左右の揺れの大きさ)を計測すると、様々な周期でボールが左右に揺れていることが分かるのですが、その周期をさらに詳しく分析すると、ある周期で、ボールが非常に大きく揺れることが分かります。この周期を「固有周期」と呼びます。この固有周期が分かり、「建物の質量」が分かれば、「建物の硬さ(ばね定数k)」を求めることができるのです。
つまり、建物の振動を計測すれば、建物の硬さを知ることができるのです。
さて、あなたは、建物の振動をどうやって計測するのか?と思われたことでしょう。10数年前までは、この作業がとても大変でした。しかし今は違うのです。加速度計や速度計という振動を高精度で計測する技術が飛躍的に進歩し、あなたのスマートフォンにさえ内臓されるようになったのです。
建物は、道路の交通振動や風などの影響を受けて常に振動しています。技術の進歩は、この微小な振動を簡単に計測できるようにしてくれたのです。
写真-1は、建物の自然な微小振動を計測する装置の一例です。とても小さく、軽く、複数の計測器の同期を簡単に取ることができるので、複数の計測器を建物のどの場所に設置しても、すべて同じ時間で振動を計測してくれます。
このような装置で住宅の振動を計測することで、住宅の固有周期を簡単に求めることができます。図-4に示した数式から、建物の重さと固有周期が分かれば、建物の剛性は求めることができるのです。
ところで、あなたは気づいかれたでしょうか?
あなたが構造計算をしていないと、建物の重さを正確に知ることができないのです。
せっかく耐震性能を計測できる技術があっても、あなたが構造計算をしないことで、正確な剛性を推定することができないのです。これは、消費者にとっては損失ではないでしょうか?
このような振動計測技術は、おそらく近い将来、急速に普及します。特に、私のような理系の施主は、この話を聞けば自分の家でも計測したいと考えると思います。それは、自分の家の耐震性を実感したいからです。
また、この技術は、地震後の損傷確認にも有効です。
大地震の後に微動計測を行い、地震前の計測結果と比較すれば、損傷の有無を確認できます。その結果、「その家で生活を継続できるのか、補修が必要なのか」を判断することが可能になります。
これを行うことで、もしも大地震が再び来た場合でも、1回目の地震による劣化によって、2回目の地震で住宅が倒壊することを避けることができます。
このように、耐震性能は計測できます。「テキトウ」に「耐震性能高いです」と言えた時代は終わりを告げようとしています。このブログを読んでいるあなたは、既に、構造計算を実施している人だと思いますが、していないのなら、構造計算を実施する方向にかじを切らないと、スマートフォンに置いて行かれた携帯電話メーカーのような存在になると思います。
地震の多い日本では、耐震性能は非常に重要な性能です。2016年の熊本地震では、基準法レベルの耐震性能では、大規模地震を二度経験することで住宅が倒壊することが確認されました。これは驚くべきことではなく、図-2に示した設計概念に基づけば当然のことなのです。
ところが、熊本地震での経験から耐震等級3を選びましょうという人はまだ少数派のようです。性能表示制度や長期優良住宅制度を活用する人は3割にも満たないとか。私のように「いじましい人」からすると、「なんで?」としか言いようがありません。
「中規模地震を超える地震でも住宅は壊れないから大丈夫」と言う方もおられると思いますが、損傷を受けるということは、建物の硬さが失われることなので、次に遭遇する中規模地震でさえ耐えられない可能性があります。
建築士の皆様。是非、ご自分で設計された耐震住宅の性能を確認してください。きっと次のお仕事にも役立つと思いますし、施工精度上の課題なども確認できると思います。
ご興味のある方は、当方にお問い合わせください。
神村