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家が不同沈下してしまったとしても、それは修復することが可能です。しかし、残念ながら、多くの不同沈下修復工事は、合理的にその仕様が決められているわけではなく、工事業者の経験によって決められていることが多々あります。

このため、工事後に問題が発生することが多いのも事実です。

ここでは、代表的な不同沈下の修復方法を示すとともに、工事前に決めておくこと、工事中に管理すべきことを示します。

もしかすると、「そんなことやっていない」とか「そんなこと現場ではやれない」という声が上がるかもしれませんが、誰かの傾いた家を修復するなら、当然やるべきことしか示していません。

実行されていないのであれば、どうしたら実行できるか考えていきましょう。

  1. 方法と原理
  2. 設計時の注意点
  3. 施工時の注意点
  4. まとめ

1.方法選択時の注意点

不同沈下修復方法には様々な方法があります。各種の方法は、次の三種類に分類することができます。

  • グループA 不同沈下の原因となった地層が厚く、建物荷重を地中の深部にある地層に支持させるもの
  • グループB 不同沈下の原因となった地層が基礎直下付近に分布していて、基礎底面から下方に1m程度の位置にある地層で建物荷重を支持させるもの
  • グループC 不同沈下の原因となった地層で、再沈下の可能性がなく、建物の傾斜のみを修正するもの

図1に、三つのグループに属する沈下修復方法の代表例を示します。各グループで、対応できる「不同沈下の原因」が異なります。対象となる建物の「不同沈下の原因」に対して、対処可能なグループと修復方法を選択する必要があります。以下に各グループの概要を示します。

図⁻1 傾いた家の代表的な直し方

(1)グループA

不同沈下の原因となった軟弱な地層が厚く、長期的な建物の安定性を考えれば、軟弱層下の安定した地層に、建物の重さを支持させる必要がある場合に採用すべき方法です。

建物荷重を支持地盤に伝達させるための補強体として、「鋼管」を使用するものと、「グラウト材の注入によって改良した地盤」を使用するものがあります。

【鋼管を使用する方法】基礎底面下に高さ1m弱のトンネルを巡らします。建物の自重を利用して長さ70㎝程度の鋼管を地中に押し込んでは次の鋼管を接続して押し込むという作業を繰り返して、所定深度まで鋼管を埋設します。鋼管が所定深度に到達すると、建物自重によって鋼管を地中に貫入できなくなります。この状態になると、鋼管が反力となり、建物を持ち上げることができるようになります。

【グラウト材を注入する方法】支持層の上部付近から所定量のグラウト材を地中に注入し、注入箇所を順次上方に移動させます。基礎底面付近までこの作業を繰り返すことで、地中に柱状の固化領域を作ります。固化領域の頭部付近(基礎底面よりやや下方)で、さらに薬液注入を繰り返すと基礎直下地盤が膨張します。この時、固化領域が反力となり、建物が持ち上げられます。

(2)グループB

不同沈下の原因となった軟弱な地盤が、基礎直下から下方に1m程度の範囲に存在する場合に採用すべき修復方法です。

このグループにも、鋼管を用いる方法とグラウト材を持ちいる方法があります。

【鋼管を用いる方法】基礎底面に建物を支持可能な地盤まで掘削したトンネルを巡らします。建物を持ち上げる際に地盤に作用させる接地圧が、地盤の短期許容支持力度を超えないようにするために、地盤とジャッキの間に「耐圧板」を設置します。

【グラウト材を注入する方法】この方法は、原則としてべた基礎でしか採用できません。べた基礎上面に等間隔で注入管を配置し、この注入管からグラウト材を少量ずつ注入すると、グラウト材が注入口から半径1~1.5m程度の範囲の地盤内の間隙に行き渡ります。その後も少量のグラウト材を充填し続けると、間隙がグラウト材によって膨張し、地盤が隆起します。これによって建物が持ち上がります。

(3)グループC

既存基礎が長期的に安定していることが明らかな場合に採用すべき修復方法です。

グループCは、アンカーボルトをすべて切断し、既存の基礎を反力として建物を土台ごと持ち上げる方法です。場合によっては、土台から上の構造物を別の場所に移動させ、既存基礎を撤去新設基礎上に構造物を戻す曳家という手法を用いる場合もあります。

なお、工事費用は、一般に、グループA(鋼管)、グループA(グラウト注入)、グループB(鋼管),グループB(グラウト注入)、グループCの順で低くなります。市場では、工事価格の大小で、採用工法を決めようとする傾向がありますが、まずは、期待する性能ごとに工法を選択するようにして下さい。軟弱層が厚く、継続的に沈下する可能性がある建物に対してグループCの方法を用いても、長期的な沈下リスクに対処することはできません。

2.計画時の注意点

住宅の不同沈下の修復工事では、十分な「計画」がなされることは稀です。これは、沈下修復工事においては、傾きの修復が最重要課題で、その他のことが軽視される傾向にあるためかもしれません。しかし、結果として、計画が不十分な場合には、以下のような問題が発生します。

  • 沈下修復工事によって基礎が破損する
  • 不同沈下が再発する
  • 沈下修復工事によって隣接する構造物を変位させてしまう

このような問題を起こさないために、事前に十分な検討が必要です。各工法における注意事項を以下に示します。

(1)グループA

【不同沈下の原因となった地層の把握】

建物の傾斜を修復するだけであれば、補強体として使用する鋼管やグラウト材注入区間(固化領域)は、「建物を持ち上げる反力」にすぎません。しかし、建物の長期的な沈下が懸念される場合は、補強体先端は、沈下の再発が起こらない安定した地盤にまで到達させる必要があります。

おそらく、グループAの採用理由は、「不同沈下の原因となった地層が厚く、建物荷重を支持できる安定した地層が地中深くにある」ためです。このため、グループAでは、長期的に建物を支持するために必要な「支持力を発揮できる地層」がどこにあるのかを、事前に明らかにしておかなければなりません。

【補強体の仕様】

鋼管の直径が太いほど、鋼管1本で支えられる荷重が大きくなります。しかし、直径が大きいほど鋼管を圧入するために必要な力が必要になります。

鋼管を押し込むために期待できる反力を把握するためには、1階の柱から基礎に伝わる力(軸力と呼びます)を確認する必要があります。軸力は住宅の軸組みが分かれば凡その値を求めることができます。また、構造計算が行われていれば、構造計算書から確認することも可能です。しかし、不同沈下の修復業者では、軸力の確認は難しいと考えられます。鋼管直径の決定については、建築士が構造計算結果に基づいて、沈下修復工事業者を指導するという体制を取られることを、強くお勧めします。

なお、補強体頭部には建物を持ち上げるための力が作用します。この力に対して補強体が十分な強度を持っていないと、建物を持ち上げることができません。補強体に鋼管を用いる場合、材料強度の確保は容易ですが、グラウト材注入の場合は、事前に配合試験を行い、グラウト材の注入量を確認することをお勧めします。

(2)グループAとB

【基礎の安定性】

グループAとBでは、基礎から建物を持ち上げます。このため、基礎を持ち上げる力を加える点(支点)が適切に配置されていないと、基礎を安定した状態に保てません。例えば、グループAで鋼管を用いた基礎を持ち上げる場合、鋼管の配置間隔が基礎の強度に対して広すぎると、沈下修復中に基礎が破損することがあります。

沈下修復工事中に基礎に作用する力は、基礎設計では考慮されていない力なので、基礎の安定性については十分な検討が必要ですが、このような検討を、不同沈下修復工事業者に求めることはお門違いです。工事業者の仕事の目的は傾いた家を水平にすることです。彼らも既存の構造物の破損を避けるために最善の策は取りますが、その内容は経験的なものです。このため、建築士が、工事業者の計画する工事仕様を監修することをお勧めします。

(3)グループC

グループCの採用に当たっては、長期的な地盤の安定が既に確保されていることが前提になります。例えば、地下水位の低下による長期的な沈下が終了していて、さらなる沈下が生じる可能性が低い場合などが、それに当たります。

なお、このグループでは(「土台上げ工法」では)、以下のように、既存の基礎に大きな手を加えます。このため、当初の基礎の持っている能力の劣化が生じないように、それぞれの項目について根拠ある対応方法を検討する必要があります。

  • 基礎と土台を定着しているアンカーボルトを破断
  • ジャッキ設置のための基礎のハツリ工
  • 沈下修復によって生じる土台と基礎間の空間を埋めるための基礎新設

3.施工時の注意点

沈下修復工事の計画では、「建築士の支え」が必要であることをを示ししました。一方、十分に考えを巡らし、要求品質を満足するための仕様を決定しても、現場での施工管理が杜撰だと、結局、基礎を破損させてしまったり、周辺の建物に悪影響を及ぼしてしまったり、最悪の場合、工事終了後に沈下が再発したりします。ここでは、各方法の施工管理上の注意点にして整理して示します。

(1)グループA

このグループは、深部の地層で建物荷重を支持するものなので、鋼管先端やグラウト注入範囲が所定地層に到達したことを「確認する」必要があります。これは、グループAの工法を採用する場合、建物の荷重を深部の安定した地層に移し替えることで、沈下の再発を防止することが工法選択の目的の一つになっているからです。

鋼管を用いる場合は、鋼管の圧入力や圧入速度を記録します。グラウト材を注入する方法の場合は、注入管建て込みのための掘削中の掘削速度や掘削抵抗を計測します。圧入力は、鋼管の長さに 比例して増加しますが、鋼管先端が、沈下の可能性が低い地盤に到達すると急激に増加します。同時に圧入速度が急激に減速します。この圧入力や圧入速度の関係が、地盤調査結果と対応することを確認し、鋼管先端が計画した地層に到達したことを「確認」します。

図⁻2 鋼管先端の着底管理例

(2)グループAとB

基礎は、隣り合う支点(基礎を持ち上げる点)での持ち上げ量の差が所定の値を超えると破損します。

このため、各支点での持ち上げ量と基礎レベルの変化量を常に計測しておく必要があります。基礎の仕様によって発生させてもよい「たわみ量」を計算することができるので、工法計画時に、建築士が支点間での「許容たわみ量」を計算し、その値を基に、施工管理基準を作成しておくことが最良の策です。

グラウト材を注入する方法が基礎に与える負担は、鋼管や耐圧板を用いる方法よりも小さいものです。しかし、グラウト材の注入間隔が基礎の仕様に対して広すぎたり、隣接する注入箇所での基礎の持ち上げ量の差が大きいと、やはり、基礎は破損しますので、沈下修復の方法によらず、同様の注意が必要です。


図⁻3 沈下修復時の基礎破損の模式図

なお、基礎の破損は、支点(基礎を持ち上げる点)の配置ミスでも起こります。

以前、私が関与したグループAの鋼管を用いる方法で沈下修復を行った案件では、基礎の立ち上がり部直下で基礎を持ち上げる予定が、15㎝程ずれたスラブ下にジャッキを配置してしまい、基礎スラブを破損させてしまいました。

グループAの方法では、基礎下にトンネルを掘って地中で基礎を持ち上げる位置を決めていくので、ちょっとした不注意でこのような間違いを犯すことになります。このため、現場では、二重三重にジャッキの設置位置の確認を行うことをお勧めします。

(3)グループC

土台ごと建物を持ち上げる土台上げ工法を採用する場合は、「土台」に異常な変形が生じないように、各支点での持ち上げ量を調整します。要領は、 グループCでは、基礎自重を考慮しなくてよい点を除けば、 グループAとBと全く同様です。

なお、グループCでは、基礎がない分、土台の持ち上げ量による土台のたわみが、躯体全体に大きな影響を及ぼします。このため、グループCでは、その他の方法以上に、土台の持ち上げ量や各分の状況確認を小まめに行う必要があります。

なお、どんなんに配慮しても、急な変形に追随できないサイディングなどの材料は破損する可能性があるので、補修費用を事前に計上しておくことをお勧めします。

また、土台底面と既存の基礎上面との間に基礎を新設するのですが、この隙間にコンクリートがしっかり充填する必要があります。このため、土台の持ち上げ量は、基礎新設工を考慮して決定しておくことをお勧めします。

図⁻4 土台上げ工法での注意事項

4.まとめ

私が、不同沈下の修復工事に関わるようになったのは、東日本大震災がきっかけです。この時、私は、不同沈下修復工事は、「工事業者の経験によって仕様が定められていて、工学的な根拠がほとんどない」ということを知りました。

その後、この工事による様々な問題に触れたことで、不同沈下修復工事には、建築士の関与が不可欠であると考えるようになりました。

本文中でも述べましたが、沈下修復工事業者には住宅の構造のことは分かりません。より安全で確実な沈下修復工事のためには、建築士が、少なくても基礎や土台を持ち上げる点(支点)を指定することが不可欠です。

建築士の皆様方、どうか、沈下修復工事を発注するだけではなく、工事計画に力を貸して頂けますよう、お願い申し上げます。

神村真



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