谷を埋め立てた盛土造成地や斜面を切り盛りした造成地でボーリング調査をすると、盛土の中に水がある場合が多いです。こうなることは、すごく当たり前のことなんですが、その当たり前を見て見ぬふりした結果、水浸しの盛土が多分、全国の至るところにあります。
盛土の中に地下水があったら、何がいけないの?と思われる人が多いと思いますので、盛土の中に水があったら、ろくなことにならない理由をいくつか挙げたいと思います。
まずは、地下水が地盤の強さに与える影響について考えていこうと思いますが、その前に、まず、地盤の強さについてお話しましょう。
地盤の強さは、次の式で表されます。
「地盤の強さ」=「ねばねば」+「重さ」×「ざらざら」・・・・式1
「なんのこっちゃ?」と思われるでしょう。説明します。
焼き物を作る時に使う土。これが粘土です。粘土は、「ねばねば」しています。この「ねばねば」があるので、器やお皿の「形」を作ることが出来ます。この「形を作ることができる」能力を「粘着力」と呼びます。
砂場や砂浜の土は、「ぱっさぱさ」です。粘土と違って、「ざらざら」しています。砂を手ですくって、さらさらと自由に落下させると、山ができます。砂は粘土と違って粘着力がないのに、山のような簡単な形状であれば作ることが出来ます。これは、砂粒と砂粒同士が、お互いの「ざらざら」を利用して「引っ掛かり合っている」からできる技なのです。
今度は、テーブルの上に敷かれたテーブルクロスをイメージしてください。クロスの上には、さっきamazonが配達してきた重さWの荷物が乗っています。この状態でテーブルクロスをすっと引き抜くことにしましょう。
テーブルクロスを引き抜くために必要な力は、荷物が重いほど大きくなりますよね?
シートと机の間の「ざらざら」は、それだけではわずかな抵抗にしかなりませんが、「重さ」が加わることで強さを発揮するんですね。この「重さ」×「ざらざら」によって外力に抵抗する能力を「引っ掛かり力」と呼ぶことにしましょう。
実際の地盤は、粘土と砂が混じった状態で存在していることが多いのですが、粘土っぽい土は、「ねばねば」が強く、砂っぽい土は、「重さ」×「ざらざら」が強く表れます。
SWS試験結果にも、その傾向は現れます。
図のように、粘性土部分(図2の青色の地層)でのSWS試験結果は、貫入抵抗値がほぼ一定ですが、砂質土(図2の黄色の地層)内では、深さ方向に貫入抵抗が大きくなっていきます。「ねばねば」は土の重さに関係なく発生する独立性の強さ成分なので、深さによらず一定です。一方、「ざらざら」による地盤の強さは「重さ」に比例します。地盤に働く「重さ」は土の自重ですから、深いほど大きくなります。だから、砂質土の貫入抵抗は、深いほど大きくなるのです。
どうですか?
「地盤の強さ」のことが少し分かりましたか?「地下水関係ないやん」と思われた方、いよいよ、これから地下水と土の強さのお話を始めます。
地盤の中をちょっと覗いてみましょう。地下水がない場合は、土粒子と土粒子の間には空気しかありません。土粒子から土粒子には、土粒子の重さが伝えらえています。土粒子の重さのことは、「土圧」と呼びます。
地下水が上昇してくると、土粒子と土粒子の間は水で満たされます。水にも重さがあるのですが、水の重さのことは「水圧」と呼びます。土粒子と土粒子の間に入った水のことを「間隙水」と呼びます。間隙水の水圧は「間隙水圧」です。
この間隙水圧は、土粒子にも働くので、地下水が浸入すると、地下水の侵入前よりも土粒子と土粒子の間に伝わる力が小さくなります。式1でいうところの「重さ」が小さくなるのです。
つまり、地下水が地盤に侵入してくると、地盤の強さは、小さくなるのです。このことは、「ねばねば」成分が少ない砂質土にとっては深刻な問題です。
杭の先端部分の地盤を地盤をばねに見立てて、この現象を考えてみましょう。杭の先端部分には、とても大きな力が常に作用しています。こういう部分は、強度低下の影響を強く受けます。
地盤の強さは、地下水の上昇前は強かったのですが、地下水の侵入(上昇)によって弱くなります。すると、杭から大きな力を受けている部分では、地盤が重さに耐えきれず圧縮され、家が沈下します。
ちなみに、地下水のくみ上げによって地盤沈下が発生することが広くしられていますが、ここでの沈下は、圧密沈下とは違い、地盤の「破壊」に関係する沈下です。
このように、地上では何の変化もないのに、地下水位が上昇すると建物が沈下します。これが、地下水位上昇がもたらす影響の一つです。
通常、地下水位の変動は緩やかです。1年を通して雨季になると水位が上昇し、乾季になると下降します。雨季の非常に激しい雨の時には、地下水位が急激に上昇し、雨が上がると急激に低下します。
自然の地盤は、このような地下水位の変動を毎年毎年、何百年間、何千年間と繰り返し受けているので、今さら何の変化も起きません。
さて、谷埋め盛土や斜面の造成地では、できたばかりの盛土の中に地下水位が現れます。また、周辺の自然地盤でも地下水位が上昇します。
これらの地盤では、地下水位が常にある状態は未経験です。今までに受けたことのない力が何度も作用するので、それによって、地盤が少しずつ痛めつけられて、圧縮していきます。また、地下水は上流から流れてくるので、常に上流との水位差分の圧力が作用した状態になります。これによって、砂地盤中の細かい粒子が移動し、間隙が形成されていきます。いわゆる「ミズミチ」が地中に形成されていくのです。
谷を埋め立てた盛土地や斜面を切り盛りした造成地の盛土部分に、地下水位が浸入するのが良くない理由の一つは、地下水が常駐した経験がない地盤が、大きなダメージを受けるからです。
まあ、放っておけば、地盤が次第に鍛えられて、地表面の沈下も収束していくのですが、ミズミチの形成は、造成地全体に悪影響を及ぼすことも考えられるので、放置しておくのは適切な対応ではありません。
盛土内部に地下水が侵入することは、良くないことはご理解いただけたでしょうか?
これだけでも、深刻な問題なのですが、こういう場所で大きな地震が発生すると、個人の力では修復できない被害が発生します。
地震の動きは、振幅が0.1秒から1秒くらいのものが多いのですが、地下水の流れは、そんなに速くありません。1秒間で0.1mmも移動したら、すごいスピードで流れていることになります。
地下水の侵入によってミズミチができてしまった盛土では、地震によって揺すられることで間隙が小さくなろうとします。
ところが、地下水は、地震の揺れの速度よりも移動速度が遅く、土粒子間に閉じ込められることになります。間隙は揺れによって小さくなろうとするので、間隙中の水は押しつぶされます。この状態は、出口を塞いだ注射器の中のようなもので、水圧が急激に増加します。つまり、式1の「重さ」が急激に小さくなるのです。
これによって「引っ掛かり力」は急激に低下します。
この現象は、液状化や谷埋め盛土の滑動を引き起こします。
このお話は理論上のお話ではありません。実際に起こっている話です。胆振東地震では、造成盛土が大規模な液状化によって流動しました。また、写真1に示すように、谷埋め盛土は、大きな地震では、必ずと言ってよいほど大規模な被害を出しています。
さて、盛土の中の地下水が良くないことをご理解いただけたでしょうか?
「盛土の中の地下水」危険な存在ですね。
住宅建設段階では、対処することができないので、盛土内に地下水が浸入しそうな場所(谷埋め盛土、斜面の盛土造成地)には手を出さない方が無難ですね。
神村真