• 地盤の専門家神村真による宅地防災の情報発信サイト

未だに、「地盤改良業者は工事を誘導している」という話を耳にしますが、こういう「悪口」を言いふらすのは、その悪口によって利益を得る人達です。

賢い人は、こういう都市伝説には振り回されないものですが、元地盤改良会社の社員としては気になるので、検証しておきましょう。

  1. 地盤調査と地盤改良の歴史
  2. 地盤業者は悪なのか?
  3. 建築士は地盤の性能を評価できない?
  4. まとめ

1.地盤調査と地盤改良の歴史

1999年までは地盤調査なしで家を建てるのが当たり前だった

住宅分野で地盤調査の重要性が法的に示されたのは、2000年の「住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)」が制定されてからのことです。今、20代、30代前半の人達から見れば、地盤調査は随分前から実施されているんだなあと思われるかもしれませんが、私にとっては衝撃的な事実です。

悪者にされる地盤改良業者

2001年に国土交通書が出した告示第1113号には、スクリューウエイト貫入試験(SWS試験)結果から、沈下の可能性を判断するための基準が示されています。この基準に従って沈下の可能性を判断し、「沈下の可能性あり」と判断されたら地盤改良を行う。こう言う流れが標準になりました。

品確法の施行当時は、主にボーリング調査を行っている地盤調査会社が、工務店からの依頼に応えてSWS試験を行うことが一般的でしたが、調査会社にはSWS試験を依頼すると単価が高い!そこで、発明されたのが地盤改良会社がSWS試験をやるということです。

私は、当時、地盤調査の専門会社に勤務していたので、この頃の住宅業界のことをよく知らないのですが、1990年代の後半に、品確法制定のためのSWS試験の基準作りの研究グループの中に、当時私が勤務していた会社の人が入っていたことを考えると、国土交通省側は、その時に存在していた地盤調査会社が、住宅建設のための地盤調査を担っていくことを想定していたと思います。

しかし、その時点で、既に、ハウスメーカーの仕事を請け負っていた地盤改良業者はSWS試験を実施していたので、この形態が、市場に急速に広まります。

この形態は、2000年代後半まで続き、地盤改良会社の中に新興市場に上場を果たす会社も出てきました。しかし、その一方で、「改良会社は、自社に仕事を誘導している」という批判が絶えませんでした。

今起こっていること

私は、そういう批判が渦巻く2000年代中頃に住宅業界に身を置くようになり、2006年には地盤改良業者に入ります。この頃から、地盤補償会社が、地盤調査業務を受注し、改良業者に仕事を振るという形態が幅を利かせるようになり始めます。

彼らは、品確法の基準を順守しながらも、自らの経験に基づき、独自の判断基準を作るようになります。中には、「地盤改良を行う物件の割合が低いこと」を営業トークとするような企業が現れる一方で、独自の地盤調査技術を開発し、その調査結果を地盤の判定に導入するような企業も現れます。

この辺りまでは技術論ができたのですが、東日本大震災前後には、消費者に対して、「地盤改良業者が、無駄な改良をして利益を得ている」ということを公然と発信する業者まで現れました。

こうなると、もう法律や技術の話ではなくなって、「地盤改良会社が私欲を肥やしている。地盤改良は不要か、もっと安くできるはずだ」という空気が市場に漂うようになります。

こういう圧力に対して、地盤改良会社は何もできず、2010年代後半には、地盤改良工事の単価はあり得ないような金額になっていました。多分今も変わらないでしょう。

このことは、消費者にとっては「幸い」なのでしょうか?

2.地盤業者は悪なのか?

さて、本当に地盤改良業者は「悪者」なのでしょうか?

ここで、ちょっと、住宅地盤で広く利用されているSWS試験の精度について考えてみましょう。

平成13年国交省告示第1113号には、SWS試験結果から地盤の強さを求めるための数式(式(1))が記載させれています。

qa=30+0.6Nsw         式(1)

ここで、qaは地盤の長期許容応力度、NswはSWS試験結果(基礎底面から下方に2mの区間での平均値)です。

この式では、「Nswが確認できない地盤の長期許容支持力を計算できない」ということを良く指摘されますが、この告示を作った人の意図は、Nswが計測されていないような地盤の上に、家を建てるべきではない」ということだったと考えられます。

ところが、日本建築学会は、次のような式を推奨し、Nswが計測されていなくても、地盤の支持力を計算できるようにしました。

qa=30Wsw+0.64Nsw      式(2)

ここで、qaは地盤の長期許容応力度、WswとNswはSWS試験結果(基礎底面から下方に2mの区間での平均値)です。

この真意は分かりませんが、べた基礎の採用基準としてqa≧20kN/m2というのが別の告示で規定されているのですが、式(1)だと、べた基礎が採用可能な 20≦qa<30kN/m2 の地盤の支持力を計算で求めることが出来ません。私は、日本建築学会のえらい人たちは、こんなことを考慮して式(2)を、世の中に生み出したのではないかな?と想像しています。もっとも、式(1)を世に送り出した人たちは、そんなことは承知の上だったと思うのですが・・・

何が言いたいかというと、品確法が制定された2000年から日本建築学会が式(2)を世に出すまでの間、SWS試験結果から支持力を計算する方法は、式(1)だけが公式な式だったということです。

式(2)の原型となる式は、2008年よりもずっと前に提案されていたので、一部の改良会社は、式(1)ではなく、既存の提案式を利用して、支持力評価をしていましたが、多くの地盤改良会社は、告示1113号に示された式(1)と沈下の可能性の判断基準に従って、SWS試験結果を判断していたのです。

このお話から、どうやったら「地盤改良業者は利益誘導のために、地盤改良判定を出している」という考えに至るのでしょうか?

多くの地盤改良会社は、建築基準法に則って、公正に仕事をしていたのです。

3.建築士は地盤の性能を評価できない?

さて、多くの地盤改良業者は「正しくあろう」としてたことをご理解いただけたでしょうか?

なお、今では、たとえ地盤改良業者が利益誘導を考えたとしても、地盤補償会社の力が強く、地盤補償会社が地盤調査結果を評価し、利用可能な工法を指定するという形が主流になっているので、改良業者の思惑が入り込む余地は、さらに小さくなっています。

ここで、疑問に感じるのが、「地盤調査結果や地盤改良方法の決定に、建築士がほとんど関与しないこと」です。

地盤の判定結果も工法の内容も、全て補償会社の回答に委ねているように見えます。

地盤補償会社は、確認申請書類に名前を記入できる建築士事務所ではありません。

地盤判定の内容についての責任は「建築士」にあります

にも拘らず、建築士は地盤の判定結果や使用する工法についての関心が低いことが多いのです(私にはそう見える)。

私は、時々、消費者から問い合わせを頂くのですが、消費者が、「この設計内容で大丈夫なのかな?」と疑問に感じる場合でも、工務店は「補償がつくらか大丈夫」の一点張りというケースがあります。

このようなケースでは、建築士が、住まい造りの最初であり最大の関門「地盤の特性把握」を、完全に外注してしまっているのです。

私は、この無関心が、住宅分野での地盤のリテラシーが上がらない大きな原因であり、「地盤改良会社は悪だ」という発想の源だと考えています。

耐震性能や断熱性能は、住宅の性能評価精度でも取り上げられており、住宅の商品価値として扱いやすい状態にあります。このため、品確法制定から20年で、耐震性能と断熱性能に関するリテラシーは飛躍的に向上しています。

ところが、同じ法律で取り扱われるようになった地盤の性能に対しては、性能表示制度で等級表示ができる仕組みになっていないこともあり、専門家側でも、消費者側でもリテラシーの向上が今一つです。

建築士が、地盤調査結果を評価し、適切な対象方法を選択する力を持っていれば、「地盤改良業者が悪だ」といったお話は出てくる余地さえないのです。

ちなみに、「地盤改良業者は悪だ」と騒いでいるのは地盤補償会社ですが、地盤のことが分からない建築士が、そのことを真に受けています。地盤のことに真摯に向き合っている建築士ほど、地盤改良会社や調査会社の声に耳を傾けています。

4.まとめ

ある会議で、久しぶりに「地盤改良会社が工事を誘導している」という話を耳にしました。地盤改良会社の元取締役としては、看過できない言葉です。

地盤改良工事をさせているのは、建築士です。建築士に地盤を見る目があれば、無駄な地盤改良工事など発生しようハズがありません。

元地盤改良会社の取締役として、その点は、明確にしておきたいと思います。

地盤改良会社の社員は、安くて良いものを作ろうと、毎日、本当に必死で働いています。真夏の日差しが照り付ける日も、寒さに凍える朝も。

神村真



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