最近、立て続けに不同沈下した住宅についての「もめ事」で技術的見解を求められることがありました。双方の言い分はよく分かりますが、そもそも、その場所のリスクをどのように捉えていたのかよく分からないということが、大変問題だと感じました。
「地盤が悪いことは分かっていた」とすれば、「家が傾く」というリスクの他に、どんなリスクが考えられたでしょうか?
今回は、土地探しに関わるリスクマネジメントのお話です。
SNSでは、新しく住宅を建てている人が進捗状況を紹介してくれていて、私も楽しく見るのですが、中には、「地盤が悪いことを知っていたけど、地盤改良費用がこんなに高いなんて!」という悲痛な声もあり、複雑な気持ちになります。
さて、「地盤が悪い」と文字にするとたった五文字ですが、地盤が悪いとは具体的に何を意味するのでしょうか?
住宅建設に不都合な軟らかい地盤が堆積している場所は、昔の川・湖・沼・海があった場所です。人工地盤も該当する場合がありますが、ちょっと複雑なので、ここでは置いておきましょう。
川は流れを変えながら、上流から下流に向かって土砂や山の養分を海に運んでいくのですが、真っ直ぐには進みません。多くは、蛇が進むように「蛇行」します。人の手が加わる前の川は、広い範囲を、気ままにあっちに行ったり、こっちに行ったりしていました。その痕跡が、「低地」です、学校の授業では、「●●平野」という名前で覚えますね。
【参考文献】池田駿介, 日野幹雄, 吉川秀夫:河川の自由蛇行に関する理論的研究, 土木学会論文報告集, No.255, pp.63-73, 1976.
今の川の位置は、人間が堤防やダムを作って川の動きを制御しています。だから、制御できないほどの大雨が降ると河川氾濫が起こります。
つまり、地盤が悪い場所というのは、多くの場合、洪水被害に遭う場所でもあります。
日本の都市は、河川や海が重要な輸送経路だった時代に発達したものが多く、大きな町は、河川や海の近傍に位置しています。農耕中心の時代なので、当然、低地に暮らすメリットが災害によるデメリットよりもはるかに大きかったのでしょう。
さて、もう少し地盤が悪い場所にリスクについて考えていきましょう。
河川等が作った「軟弱な地盤」は地震時にも大きく揺れます。地形が変化する場所では、揺れが増幅されて、被害が大きくなることがしばしば指摘されています。また、砂が堆積している河川の下流地域では、「液状化現象」によって甚大な被害が発生することも知られています。
このように、「地盤が悪い」場所は、家が傾く可能性が高いだけではなく、洪水や地震などの天災の被害を受ける可能性が非常に高い場所でもあります。
近頃の新築住宅の立地を見ると、この事実を全く見ていないように感じることが多々あります。
以前は、水害リスクの高い地域での宅地開発を行うためには、都道府県知事の許可が必要で、なかなかハードルの高いことだったのですが、2000年に施行された改正都市計画法によって、都市計画の決定権が地方自治体に移管されたことで、このハードルが一気に下がります。
さらに、過疎化が進む地方自治体と宅地開発をしたい企業、安い住宅が欲しい消費者のニーズが一致してしまったことで、河川氾濫のリスクが高い地域でも宅地開発が容認される例が増加します(参考資料参照)。
【参考資料】NHKクローズアップ現代全記録, 2021年6月9日(水), なぜ増える“浸水エリア”の住宅 ~水害から身を守るには~ https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4555/
このような傾向は次第に鈍化しているようにも感じますが、土地を買う人、家を建てる人・作る人は、以下のことを、今まで以上に考えていかなければなりません。これらのことは、個人にとって最大の投資を行う際には、本来行うべき事柄なのですが、日本の教育では、こういう実学を教えないので、一人一人が独学で学ばざるを得ません。結果として、学ぶ機会を持っていた人とそうでない人の間で、投資内容に大きな差が出てしまっているのです。
このようなこと考え、リスクを最小化し、利益を最大化することを「リスクマネジメント」と呼びますが、リスクの抽出精度が低いと、マネジメントになりません。どんなリスクが存在しているのか?どのように対応するのか、そういうことを学ばなければ、マネジメントはできません。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」というわけです。
東日本大震災の時だったと思いますが、「想定外」という言葉を頻繁に耳にしました。私は、この言葉が報道されるたびに、この国はリスクマネジメントが全くできていないんだなあと、改めて痛感しました。
モノづくりの段階(設計段階)では、「想定外」は発生します。想定できる最大限のリスクを定めないと、モノを作ることができないからです。一方、リスクマネジメントでは、「想定外」という概念はありません。
「想定外」とは、以下の二つのことを表します。「マネジメントに失敗した」と同意語ですね。
あなたが住宅建設を計画しているなら、「想定外」を発生させると、あなたの経済が破綻する可能性が出てきます。
例えば、地震で住宅が半壊。地震保険だけでは建替えや大規模改修の費用は賄えないので、借入をすることになり、以前の住宅ローンの残債に加えて、新たなローンを抱えることになる。とか。
水害で2階まで浸水。建て替えを検討したいが、火災保険に水災特約を付けていなかったので、全額ローンで賄わなければならない。とか・・・
大災害時には色々な救済措置がとられますが、借り入れ額の増加は回避できないでしょう。「想定外」の借入額の増加は、あなたの老後の計画や子供の教育に悪影響を及ぼします。
リスクマネジメントは、住宅の設計者がある程度行う必要がありますが、「出資者」である消費者が、最も真剣に取り組むべきことです。
災害で住宅が損壊した時の費用は、保険で全て賄えるのか?借入額の増加はどの程度まで許容できるのか?そもそも、損壊しないような家を造ることは可能なのか?可能なら、その費用は?
そういうことまで考えた上で、戸建て住宅を購入すべきか?を判断する必要があるのです。
住宅を新築することは、本当に夢のあることですよね。
しかし、夢を実現させるためには、相当な検証が必要になります。
特に、あなたの経済を破綻させかねないリスクの存在する土地に家を建てる場合は、十分に検討・検証を行ってください。
「このメーカーなら大丈夫」というのは、思考停止している証拠なので、注意してください。
土地や家を買う時は、「自分で」リスクマネジメントをしっかりと行って、あなたの経済が健全な状態を保てることを確認しましょう。工務店、ハウスメーカー、不動産業者は、自らの利益を優先した情報発信が主になります。それは、彼らの経済を維持するために必要だからです。
色々考えた結果、「これはヤバいな」という答えが出たら、速やかに撤退すべきです。あるいは、時期を変えましょう。もう少し現金が溜まったら、借入額を下げてリスクを低減することも可能でしょうから。
住宅は資産だという考え方があります。
しかし、住宅の資産価値は多くの場合、時間とともに低下します。その価値減少は、借入額の減少よりもはるかに早く進みますので、住宅の所有は「プラスの資産」とは考えにくいのが実態です。そこに、災害によって発生する可能性がある損害を加えると、住宅を所有することで、かなりの債務超過になる場合もあるでしょう。
このように考えていくと、住宅の所有は、あまり夢のある話ではないとも言えます。
実は、私も、家を建てた時には、こんなことは考えていませんでした。20年ほど経過した今思うのは、住宅を取得するなら、ここまで考えておくと本当に安心ですよ。ということです。
住宅の取得を考えられるなら、まず、リスクをしっかりと把握し、管理しましょうね。
神村真