• 地盤の専門家神村真による宅地防災の情報発信サイト

今年は関東大震災(大正関東地震1923年)から、ちょうど100年の年です。

私が 大正関東地震のことを知った(というか大変な大災害であったことを知った)のは、おそらく、NHKの連続テレビ小説「おしん」でだと思います(あいまいな記憶)。このドラマの放映が1983年4月からなので、当時は震災からちょうど60年だったということに気づきました。あれから40年。時間なんてあっという間に過ぎますねえ。

さて、地盤工学会は、この節目の年に、「地盤工学会災害調査論文報告集」Vol.1, No.2で「関東地震100年に際して当時の地盤災害を振り返る」という特集を組んでいます(https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jgsdr/-char/ja)。

どの論文も興味深いものでしたが、千田 敬二, 下村 博之, 西村 智博:「自然災害伝承碑から読み解く関東大震災」の2枚の図が気になりました。ずーっと言われていることですが、地形と地盤の揺れ方は、密接な関係があります。改めて、共有したいと思います。

また、最後の方で、地震に対する対策を講じる場合の建築士の責任について、私の見解を示しました。一つの考え方で、正解ではないかもしれませんが、私が技術士としていつも考えていることです。ご一考頂けると、嬉しいです。

  1. 地形によって揺れやすさは変わる
  2. 沈下のことだけ考えていればよい時は過ぎた
  3. 揺れが「大きい」のか「小さい」のかを調べる
  4. まとめ

1.地形によって揺れやすさは変わる

図1は、東京の秋葉原あたりを中心に、西は新宿から東は錦糸町あたりまでの標高を色分けした地図です。図2は、 大正関東地震での震度の分布図です。

高田馬場、早稲田駅あたりから江戸川橋、飯田橋、水道橋と「橋」の名前が付く場所を通って、神田、九段下と皇居方面に向かう標高の低い地域は、神田川の沿いの谷地形。特に、神田川の海への出口は、お茶の水から銀座に続く微高地(砂州)で仕切られているので、飯田橋、水道橋付近は、低湿地となっていた地域です。墨田川の両岸も標高の低い地域ですが、特に墨田川の東側の墨田川と荒川に挟まれた地域で、今のスカイツリーがあるあたりから南の地域は、元々海だった場所で、江戸時代に開かれた地域です。また、上野の山の北側は、歌川広重の「名所江戸百景 箕輪金杉三河しま」に描かれるように、鶴が飛来するような湿地帯でした。

これらの地域では、いずれも高い震度が計測されています。浅草十二階と呼ばれた凌雲閣があった場所は、今のつくばエクスプレス駅の東側の浅草六区(花やしきの西側)ですが、この辺りは、砂州から低地に地形が変化する場所に当たり、震度も6強と大きくなっています。

図1 色分けされた標高
図2 関東大震災時の深度分布

【参考文献】千田 敬二, 下村 博之, 西村 智博:自然災害伝承碑から読み解く関東大震災, 地盤工学会災害調査論文報告集, Vo.1, No.2, pp.285-316, 2023.

色々なところで、繰り返し言われていることですが、墨田川から東に江戸川に至るまでの地域は、中川・荒川低地と呼ばれ、軟弱な地層が数十mに渡って堆積しています(図3参照)。山の手線より西側の台地の中には、多くの谷が刻まれていて、それぞれ軟弱な粘性土が堆積しています。中川・荒川低地のように、軟弱層が厚く堆積する場所では、地中深くの硬い地層から伝わる地震動が増幅されます。硬い岩盤より、軟弱な地盤の方がよくゆれるので、その厚さが厚いほど、地表面での揺れは大きくなります。また、谷地形では、軟弱層はさほど厚くありませんが、両側をやや硬い地盤で囲まれているので、軟弱層の中で地震波が乱反射します。それによって、振動が増幅され、地表面での揺れが大きくなります。

図3 中川・荒川低地の地層断面

【参考資料】東京都葛飾区:葛飾区史, p.25, 2017. https://www.city.katsushika.lg.jp/history/history/digitals.html

軟弱な地層が厚く堆積している地域では、不同沈下が心配されますが、そういう場所(地盤が「悪い」とよくいいますね)では、地震の揺れも大きくなるのです。だから、不同沈下する事だけ心配するのではなく、揺れに対する対策を講じることが、重要になります。

2.沈下のことだけ考えていればよい時代は終わっている

2000年以降、住宅の基礎は、圧密沈下対策を行うことが一般化してきました。これ自体は、とても良いことです。でも、地震の揺れに関する対策は、標準的に行われていません。地震時に作用する荷重は短期的なものですが、地盤には大きな影響を及ぼします。

砂質土地盤での液状化被害がその代表ですが、粘性土でも、長期沈下が発生することがあります。杭で住宅を支えたつもりでも、杭の周辺の粘性土が地震後に沈下を始めると、杭の周面には下向きの摩擦力が作用します。杭に、その摩擦力を支える能力がなければ、家は傾きます。

ちなみに、千葉県浦安市では、2011年の東日本大震災で、大規模な液状化被害が発生しましたが、柱状改良体の先端を比較邸硬い地層まで到達させていただけで、液状化被害を免れた住宅が多数あります。硬い地層まで杭を到達させておけば、先に述べた粘性土地盤で地震後に沈下が発生しても、おそらく、住宅は傾くことはないでしょう。

この「硬い地層まで杭を到達させておく」という対策は、地震がない時は過剰な対策です。ですから、こういう対策提案を工務店に持ち込むと、「経済性を考慮していない」とお叱りを受けることさえあります。でも、住宅の長い供用期間を考えれば、それくらいのことはしておいた方がよいのではないでしょうか?

常時荷重を中心に考えられた「経済的な地盤対策」は、地震に限らず、隣地で掘削工事が行われるとか、盛土がされるとか、環境の変化に弱い場合があります。住宅産業では、「起こるか、起こらないか分からない」ことに、お金をかけることを嫌いますが、普通の人には考えられない未来のことを考え、対策を講じるのが、建築士の技術者としての役目ではないでしょうか?

ちなみに、少なくとも砂質土地盤での液状化現象のことは、「周知の事実」になっています。千葉県浦安市の液状化被害を受けた住民たちが、宅地開発業者等を訴えた裁判が行われていますが、最高裁判決ですも、住民側が敗訴しています。これは、工事が行われたのが「随分前の話」であることや、「当時の常識」では、「大規模な液状化被害の発生を予見できなかった」とか、「当時の技術基準に則した対応をしていた」とかいうことで、開発業者に「落ち度がなかった」と判断されたためです。この裁判の結果を受けて、液状化対策を行っていなくても、裁判で負けることはないと考えている住宅産業関係者がいるようですが、逆ですので、御間違いのない様にお願いします。

現在、液状化の危険性については検討しておくことが「常識」です。平成13年国交省告示第1113号にも明確に示されています。液状化被害の内容についても、東日本大震災以降、広く周知されたと思います。このような中で、液状化による不同沈下を発生させると、建築士として責任を問われる可能性は、十分にあります。多くの地盤補償が地震による不同沈下を免責としていますが、建築士や工務店の経営者は、この責任から逃れることは難しいと思います。

「説明している」と言われる方も多いのですが、果たして、「説明した」事実だけで、建築士や工務店経営者の説明責任を全うしたことになるのでしょうか?この問題は、十分な判例もないので確信がありませんが、私は、建築士会の倫理規定からみれば、建築士の説明責任は、「施主が正しい判断をできるように説明すること」ではないかと思います。これは、技術士である私の場合も同じです。

3.揺れが「大きい」のか「小さい」のかを調べる

建築士の仕事は、 「起こるか、起こらないか分からない」 ことにも目を向け、どうやったら安全を確保できるのか、あるいは、被害を最小に留めることができるのかを考えることだと思います。

地震時に被害が発生するかしないかを予想することは困難ですが、その場所で、揺れが大きいのか小さいのかを知ることは可能です。

国立研究開発法人防災科学研究所は、J-SHISmapと称して、軟弱な地盤の層厚の分布図(図4参照)等を確認できるwebサイトを運営しています(https://www.j-shis.bosai.go.jp/map/)。このサイトを利用すれば、対象とする土地が相対的に揺れやすいのか、それとも揺れにくいのかを確認することが可能です。

図4 表層地盤増幅率の分布図

確認の結果、大きな揺れが予想されるのであれば、住宅の耐震性能を上げておくとか、前述のように、杭の先端地盤を通常よりも硬い地盤に到達させておく等の対応をとることをお勧めします。100年前の住宅は、今の住宅よりもはるかに耐震性が低いものでしたが、今の建築基準法で求められる程度の耐震性能が、決して高いわけではありません。

大きな揺れが想定される場所では、当然、倒壊はしないまでも不同沈下するとか、一部損壊が発生するとか、何からの被害が発生することが考えられます。また、本震で倒壊を免れても、余震で倒壊する可能性もあります。

大地震の場合、修理しようと思っても、業者数が少ないので、数か月たたないと修理してもらえないことがあります。その間に余震がきて、住宅が倒壊することも十分に考えられます。

このようなことを考えると、やはり、住宅は、大地震時でも壊れないだけではなく、安全性を維持できるように作っておくことが、施主(消費者)にとっての最良の選択ではないでしょうか?

なお、図4も、250m×250mの範囲毎の揺れの大きさ(地表面増幅率)しか示されていませんので、メッシュ内で地形が変化していると、誤った情報を信じてしまう可能性があります。このよう間違いを回避するためには、実際に揺れやすさを計測するしかありません。

地盤の揺れやすさの調査を行う業者さんは、色々とありますが、心当たりがない方は、下記の企業にご相談ください。

株式会社Be-Do(https://be-do-inc.co.jp/

4.まとめ

関東地震(1923)当時の震度の分布と標高の色別地図から、あれこれと考えを見ぐらせてきました。リスクを評価するためには、知識が必要です。次に、大地震が来た時、液状化や住宅の倒壊が起こった場合、工務店が損害賠償請求される事案は、2011年の東日本大震災時よりもはるかに増えることが考えられます。

そのころ、AIは今より格段に進化しているでしょうし、ネット上でアクセスできる情報量も今以上に増加しているでしょう。そのような環境では、弁護士は、住宅の供給者の責任を追求するための情報を、「簡単に」入手できでしょうから、建築士は、非常に危うい立場に置かれる事でしょう。

このような事業継続上のリスクを回避するためには、例えば建築学会の小規模建築物基礎設計指針のような「既存の技術基準」に記載された内容のことを、しっかりと順守することでしょう。また、施主が正しい判断をできるように、施主に理解を求めることだと思います。「説明する」ことと「理解を求める」ことは、全く違います。ご一考ください。

神村真(2023/9/2)



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