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先日、地域微動探査協会の人たちと地震動と地表面加速度の話をしていた際に、地盤の良し悪しと耐震等級を関連づけて考えている人がいるとの話を聞きました。

「地盤が良ければ耐震等級3は不要」との意見があるようです。

一理あるようにも思いますが、耐震等級は、想定する地震力の大きさに関係することで、地盤の良し悪しとは関係がないようにも思われます。

今回は、このことを考えてみたいと思います。

  1. 耐震等級の意味と地震力の設定方法
  2. 地震時に計測される加速度
  3. 建物の倒壊のメカニズムと耐震等級3の必要性
  4. まとめ

1.耐震等級の意味と地震力の設定方法

耐震等級の意味

 はじめに耐震等級の意味をおさらいしましょう。

建物は、通常の設計では、大地震時には、倒壊はしませんが大きな被害を受けます。

図-1は、耐震基準の概念を示したものです。

この図から、建築基準法で決められている地震力は、震度5強程度で、これを超える地震力が作用すると、建物に損傷が残ることが分かります。

国土交通省HP:住宅・建築物の耐震化について
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_fr_000043.html

図-1 耐震基準の概念

耐震等級2以上の建物は、想定する地震力を震度6クラス程度まで増やして、より大きな地震でも、建物に損傷が残らないようにしています。

地震力の設定方法

次に、地震力がどのように設定されるかを確認しましょう。

運動の第二法則では、物体が運動を始めたときに作用する力を次式で表します。

$F=m\cdot a$    式1

ここで、$F$は作用する力、$m$は物体の質量、$a$は物体の加速度です。

つまり、物体の質量に加速度を乗じると、その物体に作用している力を求めることができるということです。(図-2参照)

この関係から、地震力は、建物の自重に作用する水平加速度を乗じることで算出することができます。

図-2 運動する物体に作用する力

地震時に作用する加速度は、地表面付近での値が多く記録されていますが、建物にどのような加速度が作用するかは、記録が多くあるわけではありません。

このため、建築基準法では、式2を使って、地震力を算出することにしています。(建築基準法施行令第88条)

この式から、$C_i$が、式1の加速度に相当すると考えられます。

なお、この式を見ていくと、係数$R_t$の中に、地盤の硬さに関する項目が盛り込まれていることが分かります。

$P_{ei}=C_{i}\cdot \sum W_{i} $   式2

ここで、各定数は、以下の通りです。

$P_{ei}$:$i$層での地震力

$C_{i}$:$i$層での地震層せん断力係数

$C_{i}=Z\cdot R_{t}\cdot A_{i}\cdot C_{0}$

ここで、各定数は、以下の通りです。

$Z$:地域係数($Z\leqq1.0$)

$R_{t}$:建物の振動特性を表す係数(建物と地盤の固有周期から求まる係数)($R_{t}\leqq1.0$)

$A_{i}$:$i$層での層せん断力分布係数($A_{i}>1.0$)

$C_{0}$:標準せん断力係数(0.2以上。地盤が著しく軟弱な場合は0.3以上。保有水平耐力を施行令第82条の3第二号の式から求める場合は1.0以上。)

$\sum W_{i}$:$i$層より上の部分の1m2当たりの建物重量の和

$R_{t}$については、昭和55年建設省告示第1793号に記載があります。

ここでは、表-1に示すように、建物と地盤の固有周期によって、$R_{t}$の計算方法が変化することを示しています。

表-1 建物の固有周期と地盤の固有周期の大小関係と$R_{t}$の関係

建物の固有周期Tと地盤の固有周期Tcの関係 Rtの計算式 T/Tc
TTc Rt=1 T/Tc<1.0
TcT<2Tc Rt=1-0.2(T/Tc-1)2 1.0≦T/Tc<2.0
2TcT Rt=1.6Tc/T T/Tc≧2.0

地盤の固有周期は、同じく昭和55年建設省告示第1793号に記載があります。

表-2に、告示に記載された表に私が解説を加えたものを示します。

つまり、地盤の固有周期は、硬い地盤ほど小さく、弱い地盤ほど大きいということです。

表-2 地盤の種類と固有周期

表-1から、建物の固有周期が地盤の固有周期よりも小さければ、$R_{t}$は1ですが、建物の固有周期が地盤よりも大きくなると、$R_{t}$は1未満となることが分かります。

つまり、「建物に対して地盤が相対的に硬くなるほど、地震力を小さくすることができる」ということです。

ところが、最近の木造住宅の固有周期は0.1~0.2秒なので、第一種地盤でも$T/T_{c}$は1.0未満です。

つまり、最近の木造住宅の設計では、地盤によって地震力を低減する余地はないようです。

2.地震時に計測される加速度

地盤の硬さと地震動の関係を調べるために、東日本大震災で最大加速度が記録された築館での強振記録と、比較的近くの古川での強振記録を比較してみることにします。

図-3に、それぞれの強震記録と地形分類図を示します。

両地点は、震源からの距離は、いずれも約144kmですが、記録された最大加速度が大きく異なることが分かります。

築館は地盤が硬い地形に位置しており、古川は地盤が軟らかい地盤に位置しています。

地震の特性にも関係しますが、一般に、硬い地層が浅い箇所に現れる場合、地表面での加速度は大きく、振幅(速度)は小さくなり、軟弱地盤が厚ければ、加速度は減少するものの、振幅(速度)が増加する傾向が現れます。

兵庫県南部地震で800galを超える高い加速度が記録された神戸市気象台も、当時は地盤の良い台地上(神戸市中央区中山手通7-14)に立地していました。

図-3は、この特性を反映しているものと考えられます。

(i)築館
(ii)古川

図-3 東日本大震災時に記録された加速度

強震記録は防災科学研究所公開データ
地形分類図は国土地理院地理院地図より

この図で、(i)が築館、(ii)が古川のデータです。

東日本大震災では、最大加速度を記録した築館よりも、古川の方が、建物の被害が多かったのですが、このことは、単に加速度による地震力のみならず、振幅の大きさが、建物の被害に大きく関わっていることを示しています。

次に、近年の大規模地震での加速度と速度の関係を示します。(図-4)

【出典】大野晋:東北地方太平洋沖地震による地震動の特徴, 日本地すべり学会誌, Vol. 50, No.2, pp.75-82, 2013.

図-4 大規模地震での最大加速度と最大速度の関係

この図で、太線で囲まれた範囲は、川瀬(2001)が示した建物被害が大きくなる範囲です。

【出典】川瀬博:建物の地震被害の予測とその軽減への展望, 地学雑誌, 110, pp.885-899, 2001.

この図から、加速度が大きく、速度(振幅)も大きい場合に、建物の被害が多く発生することが分かります。

3.建物の倒壊のメカニズムと耐震等級3の必要性

それでは、やはり、地盤が硬ければ、耐新等級を2以上にする必要はないのでしょうか?

地震による木造住宅の倒壊の原因は、繰り返し載荷による構造劣化に伴う剛性低下とこれによる固有周期の増加であることは、過去のブログで示しました。

図-5は、模型建物に地震力を作用させた時の繰り返しせん断力と変位の関係を示したものです。

【出典】市口恒雄, 松村正三:地震動の周期に依存した建物被害と新たな課題科学技術動向, 2012年5・6 月号, pp.21-35, 2012. 科学技術・学術政策研究所「科学技術動向」誌バックナンバー一覧

図-5 繰返し荷重を受ける建物のせん断力と水平変位の関係

図から、繰返し載荷によって、建物の剛性(曲線の傾き)が、突然、低下することが分かります。

図中に示された数式は固有周期 $T$の計算式ですが、分母に建物の剛性$k$があるので、建物剛性が低下すると、固有周期が大きくなることが分かります。

図に示された曲線からは、繰返し載荷によって剛性が低下した時の固有周期が、建物が大きな被害を受ける固有周期1から2秒に近づいていることが分かります。

もしも、地震動の卓越周期が、1秒から2秒程度であれば、大きな揺れを繰り返し受けて構造が劣化した建物は、地震動と共振し、倒壊することになります。

図-6に、東日本大震災での築館と古川での速度応答スペクトルを示します。

この図は、周期の頻度分布図にようなものだとお考え下さい。

地震動には様々な波が含まれますが、この図でピークとなる周期を持った波が一番多く含まれていると考えます。

このピーク周期が、この地震動の「卓越周期」です。

この図から、築館での卓越周期は0.2秒程度、古川での卓越周期は1秒程度であることが分かります。

このことから、硬い地盤である築館の場合、建物の固有周期(0.1~0.2秒)と地震動の卓越周期が類似しており、共振の可能性が懸念されます。

しかし、この揺れによって構造が劣化したとしても、劣化後の固有周期(1~2秒)と地震動の卓越周期には大きな差異が生まれるため、共振を免れ倒壊しないことが期待できます。

一方、軟弱地盤である古川では卓越周期が1秒程度であるため、地震動で劣化した建物は、地震動と共振するため、倒壊のリスクが高まると考えられます。

【出典】大野晋:東北地方太平洋沖地震による地震動の特徴, 日本地すべり学会誌, Vol. 50, No.2, pp.75-82, 2013.

図-6 硬い地盤の築館と軟らかい地盤の古川での地盤の揺れ方(卓越周期)の違い

これらのことから、地盤が硬くても、軟らかくても、地震動による構造劣化を生じさせないだけの、高い強度と剛性をもった構造が求められることが分かります。

耐震等級を2以上にすれば、想定する地震力が大きくなるので、求められる強度も剛性も大きくする必要が生じるので、地盤による特性の違いによらず、地震に強い家を作ることができそうです。

最近、震度6以上の地震が数年間隔で発生しています。

この地震に耐えるためには、耐震等級1レベル(震度5強程度)では、明らかに不足していますので、兵庫県南部地震や東日本大震災のように大きな地震に備えるなら、地盤の良し悪しに関わらず、耐震等級を最大級にしておくことが最良の対策と言えそうです。

4.まとめ

「地盤が良ければ、耐震等級を高く設定する必要がないか?」

ということについて、主に、東日本大震災での地震記録を見ながら考えていきました。

結果として、地盤が良くても、悪くても、想定を超える地震(震度6以上の地震)に対しては、建築基準法の想定地震力よりも大きな荷重を想定した設計が必要なようです。

むしろ、地盤が良いほど加速度が大きく、共振の可能性が高まるので、軟弱地盤以上に注意が必要のようにも感じました。

高い耐震等級の住宅を「建てるか建てないか?」という選択は、先々、「震度6以上の地震に遭遇することを考えるか、考えないか?」ということと同義ですので、「耐震等級の選定と、地盤の良し悪しは、あまり関係がない」ということを、今回の結論にしたいと思います。


神村真



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