2011~2012年頃、東日本大震災で大規模な液状化被害が発生したことを受けて、建築業界や不動産業界では、地盤の専門家に話をさせる機会を多く設けていたように思います。
私もいくつかの団体の依頼で、「その筋の人」たちの前で話をすることがありました。
話の後に質疑応答の時間があるのですが、私は、いつも、「なんで、今さらそんなこと質問するの?」と感じていました。
この経験を通して、前々から「この業界、やばいかも」とは思っていましたが、その思いは確信に変わりました。
極端な表現を使うと、当時の建築に関わる多くの人たちは、地盤を「建物を支える重要な材料」と認識していなかったし、不動産業に関わる多くの人は、地盤を「地価を決める非常に重要な因子」とは考えていませんでした。
あれから10年が経過しようとしていますが、私の感覚では、業界内部の状況はあまり変わっていません。
一方、YouTubeやSNSの普及で、消費者の知識量が飛躍的に増加したことで、消費者の不安は増しているように思います。
そんなことを思い出しながら、今回は、「地盤の設計」について考えていきたいと思います。
建築物の設計は、次のような順序で進められます(図-1参照)。
建築物の場合は、建築基準法の様々な制約を考慮しながら、これらの作業を進めていくことになります。
木造住宅の場合、構造計算をしなくてもよい場合があるようですが、これは、構造がおおよそ定められていたり、形状に対して必要な鉄筋数量を求める早見表が準備されていたりするためです。
一方、構造計算を行う場合は、仮定した構造に作用する力を、部材と部材が接合する節点ごとに算出し、各部材に発生する応力、節点の変位量、部材のたわみ量等を算出し、それぞれの値が「許容値」を満足することを確認していきます。
もし、計算値が許容値を満足しないなら、部材の断面積を大きくしたり、より強度の高い材料を用いたりする等の調整を行います。
それでも、各部材の安全性が確保できない場合は、仮定した構造そのものを再検討します。
この時重要なことは、材料の強度や変形しやすさ(変形係数)が明らかになっていることです。
建築基準法では、鋼材(鉄の板や柱等)や木材の強度や変形係数を、日本工業規格(JIS)に基づき定めています。
地盤の設計も構造の設計と基本的には同じです。
しかし、地盤は鋼材や木材のように工場で作られて出荷されるものではありません。
(材木も、最近では工場で乾燥、加工されて出荷されます)
このため、現場ごとに、強度と変形係数を確認するために、地盤調査が行われます。
建築物の設計と同じように、地表面に作用する力を確認し、その力によって地盤が破壊しないか、過剰な沈下が発生しないか、を確認します。
例えば、スクリューウエイト貫入試験(以下、SWS試験と呼びます)という地盤調査では、スクリューポイントを25cm地中に貫入するために必要なオモリの重さ$W_{sw}$とスクリューポイントの半回転する$N_{sw}$によって地盤の強度を計測しています。
建築基準法では、この試験結果から、地盤がどの程度の重さを支えることができるかを確認するための計算方法(長期許容支持力の算定式)を示すとともに、得られた計測結果$W_{sw}$が、どの程度の値であったら、沈下量が過大になる可能性があるかを示しています。
なお、地盤材料は、表-1に示すように、その他の材料(鋼材や木材)に比べて、変形係数が小さいので、支持力不足よりも、沈下量に注目する必要があります。
表中の土の変形係数は、土の強さを表す指標であるN値が5~20の場合の値を示しています。
この程度のN値の地盤は、木造二階建て戸建て住宅を十分に支持することが可能です。
表-1 材料による変形係数の違い
【参考資料】木材の変形係数
例えば、沢田稔:木材の強度特性に関する研究 主としてその木材梁への適用,林業試験場研究報告,No108,pp.115-224, 1958.
また、日本建築学会は、沈下量の許容値を示していますし、「住宅の品質確保の促進等に関する法律(住宅の品確法)」では、構造的な問題がある可能性が高いと判断できる、床や柱の傾斜角を示しています。
【参考資料】
平成14年 国土交通省告示第721号(平成12年建設省告示第1653号改正)
住宅紛争処理の参考となるべき技術的基準
このように、地盤の設計は、建築物とほぼ同様で、作用荷重に対する材料の強度と変形量を確認するというプロセスで構成されているのです。
建築物の設計と地盤の設計では、一つ大きな違いがあります。
それは情報量です。
地盤は、現場ごとに異なります。
地盤の強度や変形係数を正確に把握するために地盤調査を行うのですが、住宅分野での地盤調査では、SWS試験のような簡易な調査しかしません。
このため、地盤の強度や変形に関する必要な情報を、十分に得ることができません。
鋼材の場合、設計上評価してよい最大の強度(基準強度)が定まっていますし、JISによって、最低強度も確保されています。
しかし、地盤の場合、SWS試験のような簡易な調査方法では、現場にどのような土質の地層が、どの程度の厚さで堆積しているかさえ分かりません。
SWS試験では、辛うじて地盤の強さの深度分布を確認することができるに過ぎないのです。
特に、地盤の変形特性は土質と強い関係があるので、土質を確認できないSWS試験だけは、地盤の「沈下」に関する情報が不足します。
SWS試験結果からは、沈下検討の要不要を判断することはできますが、沈下量を正確に予測することができないのです。
結果として、沈下量が建物に及ぼす影響を詳細に把握することなく、地盤を何らかの方法で改良することになります。
つまり、地盤の情報が少なすぎることから、「経済性」はそこそこに、「安全性重視」の設計が行われているのです。
SWS試験結果を適切に読み解く力のある技術者は、SWS試験結果のみから沈下の可能性を評価し、より経済性を考慮した地盤設計を行うことが可能ですが、地盤を設計する全ての技術者が、そのようなノウハウを持っているわけではありません。
このように、建築物の設計と地盤の設計は、やっていることは同じですが、その精度に大きな差があるのです。
その原因は、地盤調査にお金を掛けないことなのです。
建築物の設計の世界では、許される沈下量等の制約条件が非常に厳しいことから、地盤が弱い場合、杭材等の地盤とは違う材料を使って、より安全な地盤に荷重を伝達する方法を採用する傾向が強いように感じます。
住宅建設のための地盤調査は、建物荷重を伝達できる良好な地層の出現深度を確認することを主目的としているようです。
このため、SWS試験が重宝されているのでしょう。
しかし、この場合、前回の記事で書いたような「ずぶずぶの地盤」では、地盤補強の設計ができなくなってしまいます。
あらゆる現場で、より詳細な地盤調査をすることをお勧めはしませんが、地盤の設計に必要な材料特性を知るための調査は、現場に応じて検討することをお勧めします。
神村真