大地震の被災地に出向くと、間知擁壁を含む法面の崩壊や液状化によるL型擁壁の倒壊によって、大きな被害を受けた住宅を目にすることがあります。
東日本大震災では、擁壁と傾斜した住宅を同時に復旧する事例に関係する機会があり、その事例については、過去に地盤工学会誌で報告させて頂きました。
【参考文献】
神村真, 永井優一, 田部井香月, 青木宏:地震時の擁壁被災事例と宅地造成盛土の課題 (特集 巨大地震と地盤工学), 地盤工学会誌, Vol.62, No.1, pp.28-31, 2014.
いくつかの地震による擁壁倒壊事例に関係させて頂きましたが、被害者は一様に「土地の一部が地震で壊れたことで住宅が大被害を受ける」ことなど、予想もしなかったと言われます。
しかし、その被害は、後で振り返って見ると、建設当初から分かっていたリスクであることが多いのです。
今回は、擁壁の機能や構造面から、擁壁がある宅地のリスクについて考えたいと思います。
日本道路協会の道路土工擁壁工指針には、「擁壁」は、以下のように定義されています。
「土砂の崩壊を防ぐために土地を支える構造物で、土工に際し用地や地形等の関係で土だけでは安定を保ち得ない場合に、盛土部及び切土部に作られる構造物」
【参考資料】
公益社団法人日本道路協会:道路度土工 擁壁工指針(平成24年度版), p.3, 2012.
土工というのは、造成盛土等を作るために、土を移動させたり盛土したりすることですが、土工によってできた盛土や切土の斜面(のり面と呼びます)は、のり面の勾配が急になると不安定化します。
つまり、「擁壁」は、土地利用の都合で、のり面の勾配が急になりすぎる場合や、のり面がむき出しのままだとよくない場合に作られる構造物ということです。
擁壁は、大きく分けると、コンクリート擁壁、補強土擁壁、その他の擁壁に分けられます。
ここでは、造成宅地でよく見かけるコンクリート擁壁の構造について触れます。
コンクリート擁壁の中でも、造成宅地でよく見かけるものは、ブロック積擁壁と片持ちばり式擁壁です。
ブロック積擁壁は、建築業界では間知(けんち)擁壁として知られています。
一方、片持ちばり式擁壁は、その断面形状から、「L型擁壁」とか「逆T字擁壁」と呼ばれることが多いです。
ブロック積擁壁は、通常は、擁壁の裏側(背面と呼びます)の土が安定していることが前提で計画されます。
このため、ブロック積擁壁の形状は、擁壁の高さと擁壁背面ののり面勾配から、経験的に決められた形状を満足していればよいことになっています。
つまり、このタイプの擁壁は、のり面の安定性を確保するというよりも、のり面が雨風にさらされて劣化することを防ぐという役割が主であると考えることが出来そうです。
なお、前出の道路土工擁壁工指針では、高さ5mを超える盛土については、ブロック積擁壁の適用を認めていません。
一方、片持ちばり擁壁は、底版に対して鉛直に建てられた、たて壁を持っている構造の擁壁です。
この擁壁は、たて壁に作用する水平方向の土圧によって発生する転倒しようとする力に、底版に作用する鉛直下向きの土圧によって抵抗する構造になっています。
このため、形状を設定するためには、たて壁や底版に作用する土圧の大きさを定めて、擁壁の「安定計算」を行い、作用力に対して各部の形状や鉄筋量を決める必要があります。
このタイプの擁壁は、現場で鉄筋を組んで作り上げるものと、使用条件が規定されたプレキャストタイプのものがあります。
地上高さが2mを超える擁壁は、建築基準法に基づいて確認申請が必要なので、その構造について、審査機関による確認が行われます。
ところが地上高さが2m以下の擁壁については、審査機関の確認はありません。
このことから、地上高さ2m以下の擁壁では、問題が発生する可能性が高いと考えられます。
購入予定の造成宅地に擁壁が存在する場合は、その確認申請書類や構造設計検討書の写しを入手し、専門家に確認してもらうことを強くお勧めします。
プレキャスト擁壁を使用していて、構造検討書がない場合は、必要な地耐力やその設定根拠となった地盤調査報告書を入手し、内容を確認する必要があります。
書類を確認できる専門家は、造成計画の申請業務を行っている設計業者や測量業者にいます。
また、地盤改良業者や地盤調査会社にも、擁壁設計を理解している技術者はいます。
以前の記事で、少し触れましたが、世の中には構造的に「問題のある擁壁」がたくさんあります。
既存の住宅地を購入する場合、「問題のある擁壁」は避けたいものです。
なお、「問題のある擁壁」を抱えている土地は、建物の建築計画時に是正を求められる可能性があります。
多く見かけるのは、擁壁の上にンクリートブロックを積み増して、土を積み増したものです。
擁壁の計画段階で、余分な土の重さを考慮していれば問題ありませんが、考慮していない場合は、支持力不足による擁壁の沈下や、地震時に擁壁が倒壊するなどの危険があります。
また、古い造成地にいくと、間知擁壁の上に、十分な間隔を設けずにさらに間知擁壁を築造している多段擁壁なども目にします。
間知擁壁は、のり面保護が主目的なので、大きなのり面の安定性が確保されていなければ、地震時にのり面ごと崩壊する可能性があります。
地上高さが2m以下の擁壁は、構造上十分な検討がされていない場合があることは先に述べました。
また、擁壁を含む法面の安定性が考慮されていない場合もあります。
例えば軟弱な地盤上に高い盛土をした場合、この盛土は不安定な状態である場合があります(図-3)。
土地を有効に活用しようとすれば、擁壁の近傍に建築物を建てるという判断が生まれて当然ですが、以上のことから、擁壁の構造上の安全性やのり面の安定性が確認されていない場合(または、それらの検討結果が確認できない場合)、地震などによって擁壁が壊れる可能性があると考えておいた方が賢明です。
のり面が盛土の場合はなおさらです。
のり面の安定性が不明な擁壁の近傍に建物を建てる場合は、のり面の底部を起点に、水平から30度の角度で線を引き、この線より上にある土は、地震時などに崩壊する可能性があると考えるのが得策です。
擁壁近傍まで住宅を建設したいのであれば、この30度線(切土の場合は45度線)より下にある良好な地層まで、杭状補強材を挿入し、建物の荷重を全て、その良好地層に伝えるようにします。
この時、30度線よりも上に位置する杭状補強体は、地震時に地盤の水平抵抗力が期待できないとして設計します。
また、片持ちばり式擁壁の場合、たて壁の背面は埋戻し地盤ですので、埋戻し領域とそうでない領域で支持力が異なります。
このような敷地に、地盤対策なしに建物を建設すると、建物が擁壁方向に傾斜する可能性があるので注意が必要です。
もう一つ、擁壁の倒壊を考慮した対応が重要である理由があります。
それは、擁壁が連続した構造物であることに起因します。
最近の造成地では、擁壁を敷地毎に区切っている様子を見ることがありますが、敷地毎に擁壁が区分されていないと、擁壁が倒壊した場合の修復方法が定まらず、復旧に時間を要することがあります。
このような場合でも、擁壁の倒壊を前提に建物を建てておけば、比較的簡単な応急処置で、普通の生活を送ることが可能なので、長い目で、擁壁復旧方法を考えることが可能になります。
今回は、擁壁が壊れることを前提にしておかないといけない場合があることについて触れました。
しかし、擁壁が壊れる可能性がある状態を看過することは、擁壁所有者が管理者責任を放棄していることになり、遠くない将来犯罪者になる可能性があります。
2020年2月には、逗子市で擁壁上ののり面が崩壊し、通行人であった18歳の女子高校生が亡くなられた事故は記憶に新しい方もおられると思います。
近年では、地震時にブロック塀が倒壊して、人の命を奪った事例も報告されています。
いずれの場合も、のり面やブロック塀の所有者は管理者責任を問われます。
このため、擁壁オーナーは、危険を予知・保全する義務があることをお忘れなく。
さて、このような面倒な構造物を積極的に所有されますか?
神村真