1923年9月1日11時58分。関東大震災の発生。これにちなんで「防災の日」が制定されました。死者行方不明者は10万人を超える大きな被害が出た大地震でした。ちょうど台風が接近しており風が強く、木造建築物が密集していた当時の街は大火となり、多くの焼死者が出た地震であったそうです。
この光景は宮崎駿監督作品「風立ちぬ」にも描写されていますので、興味のある方はご覧ください。
今月は、防災の日にちなんで、地震に関する話題を取り上げます。
今回は、地震によって建物から地盤に伝わる力のお話です。この力を考慮して、地盤が必要性な性能を持っていることを確認しなければなりません。
私は地盤の専門家なので、建物自体のお話を中心に据えることはありませんが、建物に働く力が地盤に伝わるので、まずは、建物の設計では、地震力をどのように扱うかについて考えたいと思います。
地震力は、地盤から基礎に伝達されますが、その力によって建物が振動することで、建物から地盤に力が返っていくことになります。
建築基準法では、式1を使って、建物に働く地震力 $P_{ei}$ を算出することにしています(建築基準法施行令第88条)。$W_{i} $は、各階の自重です。$C_{i}$は、各階に働く水平加速度に対応する値です。
$P_{ei}=C_{i}\cdot \sum W_{i} $ 式1
通常、 $C_{i}$は、0.2~0.3が使用されます。詳細は、以下のブログを参照ください。
式1は、図-1のような模型を想定して作られています。球体は各階の自重です。球体と基礎または球体と球体をつなぐのは板バネで、各階の横方向の硬さを表しています。このモデルから、地震時に基礎底面に作用する接地圧や水平力を算出します。
図-1に示した模型では、基礎に回転力が働くことが想像できます。これによって基礎底面に作用する圧力は、図-2のように表すことができます。
図-2から、地震時に基礎底面に発生する圧力は、大きくなったり、小さくなったりすることが想像できると思います。この時注意しなければならないのは、「最大接地圧は、常時作用する接地圧よりも大きい」ということです。
また、地震動は、地盤から伝わりますので、地盤は、地震力によってせん断変形しています。そこに、基礎底面から、地震力によって増加した接地圧が入力されるので、地盤にとってはたまったものではありません。
なお、斜面の近くの土地は、図-3に示すように、平坦地よりも水平力・鉛直力を支える能力が弱いという性質を持っています。このため、斜面近傍に建物がある場合、地震時に斜面が不安定化し、斜面が崩壊する可能性があります。
一般建築物の場合、斜面近傍の建物の支持力は、平坦地の場合よりも小さく評価することが一般的ですが、住宅では、そのような評価を行うことを耳にしたことがありません。しかし、図-3に示すように、斜面近くの土地は平坦地よりも支持力が弱いので、一般建築物同様に斜面の影響を考慮しておく必要があると、私は考えます。
さて、ここで、基礎に注目しましょう。図-2では、質点が地表面よりも高い、1階と2階の地震力の影響を考えていますが、基礎は地表面に接した状態で、水平加速度を受けるので、基礎底面には建物自重に応じた水平力が作用します。
建物から地表面に伝わる水平力に抵抗する力は、基礎底面と地表面での摩擦力です。摩擦力は、建物自重に摩擦係数(0.5以上の値)を乗じることで求めることができます。また、建物から地表面に伝わる水平力は、建物重量に層せん断力係数(0.2~0.3程度の値)を乗じることで得られます。このことから、地震時に基礎底面に作用する水平力は、基礎底面と地盤間の摩擦力よりも小さいことが分かります。このため、基礎は、横滑りせず、地盤の地震動に追随して変位することになります。
免震構造は、建物を横滑りさせることで、建物に加わる地震力を小さくすることができる構造です。これは基礎と地盤を直接接触させないことで、基礎に地震力が伝わらないようにしているのです。
なお、横滑りに抵抗する力には、もう一つ、「基礎側面地盤の土圧(受働土圧と呼びます)」がありますが、この「受働土圧」が発揮されるためには、基礎がある程度変位しなければなりません。このため、この抵抗力は、設計上無視します(根入れ深さが深い場合は考慮する場合があります)。
図-2に示したように基礎底面で荷重が増減する状態や水平力の作用は、杭状補強体の頭部でも同様です。このため、杭状補強体の頭部でも水平力が作用するものとして杭状補強体に必要な強さを計算します。図-5に、地震時に補強体頭部に作用する力の種類を示します。
補強体頭部に作用する水平力は、補強体を「曲げる」ことになります。これによって、補強体頭部付近では水平変位が発生すので、補強体側面に接する地盤が圧縮されます。この地盤の横方向の強さは、補強体に必要な強さに影響を与えます。補強体側面の地盤が丈夫であれば、補強体に必要な強さがやや小さくなるのです。
液状化の発生が予想される地域では、この「地盤の横方向の強さ」は期待できないことに注意しておく必要があります。
また、補強体に作用する曲げによって補強体内部に発生する応力は、地表面付近で大きく、地中深くになるほど小さくなります。例えば鋼管などの工場生産された補強体を利用する場合で、2本以上の補強体を接続して使用することがあります。この時、二本の補強体を接続するために「継手(つぎて)」が用いられます。この継手は、曲げに対して弱点になることがあるので、補強体頭部に作用する水平力による曲げの影響が大きくなる深度を避けて設置するようにします。
なお、木造二階建ての住宅の場合、自重が軽いので、杭状補強体の仕様が、水平力に支配される可能性は低いと考えられます。ただし、建物荷重がより大きくなる三階建て以上の住宅や木造以外の構造の住宅、杭状補強体の接地間隔を構造計算に基づき広く設定する場合等は、杭状補強体の仕様が水平力によって支配される場合があるので注意しましょう。
私が、地盤改良会社で管理技術者をしていた10年ほど前の記憶ですが、四号建築物は構造計算されていないことが多く、建物の自重や地震力の情報を工務店からもらえないことが多かったです。
もう何年も前のことなのですが、今でも似たようなもののようです。上記のたった二つの情報をもらえないだけで、安全で経済的な地盤補強の設計はできなくなります。
消費者は、国家資格を持った建築士が設計した家は安全だと思っておられると思います。もちろん経済性についても十分に加味されているとお思いのことでしょう。しかし、実態は少し違います。
地盤は住宅を支える重要な部材の一つです。四号建築物は確かに軽い構造物ですが、その自重が地盤に伝わることは間違いありません。また、地盤に伝わる力は、地震時には常時よりも大きくなります。このことを、設計者が適切に評価しなくては、安全な住宅を実現することが難しいでしょう。
そのためには、まず建物の重さを正確に求めることです。まずはそこから初めて頂けると、日本の住宅の安心感は格段に向上するはずです。
神村真