住宅の地盤対策と言えば、多くは「沈下対策」で、地震のための対策と言えば、「液状化対策」くらいのものではないでしょうか?
これは、恐らく、住宅として最もポピュラーな木造二階建て住宅では構造計算を行わないことが多いためでしょう。構造計算をしなければ、地震力によって、地盤に作用する力がどのように変化するかを考えることもありません。このため、地震を想定した地盤対策を考える機会が少ないのだと思います。
住宅の建設に関わる人々の中には、「住宅の仕様設計の中には、様々な余裕が見込まれているので、想定以上の耐震性がある」というようなことをいう人がいます。工学の道を16歳くらいから歩いていると、こういう話を山ほど耳にしてきました。その話の根拠は何?計算したの?計測したの?
証拠のない話は、ただの絵空事です。
実際に、大地震の現場を歩くと、擁壁が倒壊したり、盛土が滑動したり。地盤が壊れたことで住宅が大きな被害を受けている事例を多く見かけます。これらの現場では、地震力に対する地盤の安定性について検討がされていたのでしょうか?
ここでは、地震時に建物荷重に由来する地盤に作用する力を示すとともに、主に杭状地盤補強(ここでは、「杭」と表現します)の設計時に考えておくべき力や地盤定数について解説します。
地震の振動は、地盤から基礎に伝わり、家を大きく揺らします。そのことで、地盤には、普段は作用しない力が伝えられます。この力は、「滑動力」と「転倒モーメント」の二つに分類できます。
滑動力は、基礎底面と地盤との摩擦力が抵抗力として働きます。中規模レベルの地震であれば、基礎底面と地盤の摩擦力が、滑動力に抵抗してくれますし、基礎には根入れ深さがあるので、この部分の地盤の抵抗力も、滑動力に抵抗する力として期待できます(この抵抗力は設計では無視します)。
一方、転倒モーメントは、地盤の接地圧の増加をもたらします。また、沈下対策として杭状地盤補強工法を採用する場合、杭頭部に回転力を与えることになります。
このように、地震は、「普段は作用しない力」を生み出します。
だから、「この普段は作用しない力」に対して、地盤や地盤補強体が安全であることを確認しなければなりません。
【参考になるブログ】
図⁻1に、地震によって地表面に作用する基礎接地圧の変化の様子を示します。図に示すように、地震力が作用すると接地圧は増加します。
このため、大きくなった接地圧に対して、地盤が耐えられることを確認する必要があります。
常に作用する基礎接地圧に対する地盤の抵抗力は、「長期許容支持力度」と呼ばれるもので、SWS試験結果から推定することができます。一方、地震時の許容支持力度は、「短期許容支持力度」と呼ばれ、長期許容支持力度の2倍の値とされています。
地震時の基礎接地圧は、構造計算を行わなければ知ることができません。まず構造計算を行って、地震時の接地圧増加の影響を確認しましょう。特に、擁壁が近接する場合、接地圧の増加は、地震時の擁壁の安定性にも影響を及ぼします。擁壁の設計において、地震時の基礎接地圧が考慮されているのでしょうか?確認すべき事項です。
図⁻2に、地震時に杭頭部に作用する力の模式図を示します。
杭状地盤補強工法を採用している場合、図⁻1のように基礎底面接地圧が等分布ではなくなると、杭頭部に作用する接地圧も台形分布になります。このため、接地圧の合力Pの作用点は、杭の中心よりもeだけずれることになります。その結果、杭頭部に回転力(モーメント)が作用することになります。
この回転力によって杭は曲がります。杭が曲がると、杭の側面が地盤に押し付けられます。結果として、杭に接する地盤は、「曲がろうとする杭を支える」ことになります。図⁻3にこの時の杭の動きの模式図を示します。
図⁻3から、回転力を受ける杭は、杭の側方地盤に支えられますが、この地盤の横方向のばね定数に相当するものが「水平地盤反力係数」です。
杭の水平抵抗力は、杭の曲げに対する硬さと強さ、それから地盤の水平地盤反力係数によって決まります。水平地盤反力係数は、SWS試験結果からも推定可能です。
住宅に擁壁が近接する場合、この杭から地盤に伝わる水平力も、擁壁に影響を及ぼします。もしも、この擁壁が、地震時に作用する力を考慮せずに設計されているなら、杭の設計では、水平方向の地盤の抵抗力を考慮することはできません。
構造計算に基づいて、地震力作用時の基礎底面接地圧を算出すると、少なからず、図⁻2に示すよう杭頭部にも回転力が作用しているはずです。
実際の杭の設計では、モーメントよりも後述する滑動力(杭頭部に作用する水平力)を考慮した計算がされることが多いのですが、これは、住宅の場合、杭と基礎が剛結されていないので、回転力は伝達されにくいと考えられるからかもしれません。
ちなみに、日本建築センターとベターリビングが発行している柱状改良体の設計方法に関する指針では、改良体の頭部の固定度は0.25と設定されていて、杭頭部にも、多少の回転力が作用するにしています(参考文献 1))。
【参考文献 1)】日本建築センター、ベターリビング:2018年版 建築物のための改良地盤の設計及び品質管理指針 -セメント系固化材を用いた深層・浅層混合処理工法- ,pp.60-79, 2018.
実際に杭頭部にどのような力が作用するかは、基礎の構造計算で、「基礎底面接地圧がどのように分布するか」や後述する「滑動力をどのように考えるか」によって変わります。
ちなみに、多くの工務店では、杭の設計を地盤改良業者に委託していると思います。「杭頭部に作用する回転力を考慮するか/しないか」を、彼らに聞いても答えることができません。彼らが住宅の基礎設計を行っていないからです。工務店から地盤改良業者に杭の設計を委託するのなら、杭頭部に作用する力の種類と大きさを伝えてください。
基礎の滑動による影響も検討の余地がありますが、基礎と地盤間の摩擦係数は、0.4~0.6の間と比較的大きな値が設定されています(参考文献 2)参照)。建物の供用期間中、何度か遭遇する可能性のある地震(中規模地震)の場合、基礎設計では、地表面地震動の最大加速度を100galと推定しています。摩擦係数と同様の表示にすると「0.1」となります。一方、供用期間中に一度も会わないかもしれないけど、起こり得る最大の地震(大規模地震)では、地表面加速度を400gal(係数に換算すると0.4)と考えています。
このことから、滑動については、地表面加速度が100gal程度の中規模地震では、摩擦係数(0.4~0.6)が、地震力に関する係数(「0.1」)よりも大きいので、滑動力は基礎底面と地盤間の摩擦抵抗力で支持されます。一方、大規模地震では、地震力に関する係数が「0.4」となり、摩擦係数と同程度となるので、杭頭部にも滑動に由来する水平力が作用することを考える必要がでてきます(参考文献 3)参照)。
【参考文献】
2)日本建築学会:建築基礎構造設計指針, pp.158-159, 2019.
3)日本建築学会:建築基礎構造設計指針, pp.95-100, 2019.
ただし、基礎設計時に、建物荷重を全て杭で負担することを考えている場合、基礎底面と地盤間の摩擦抵抗は期待できないので、杭頭部には、住宅自重に由来する水平力が全て作用すると考える必要があります。例えば、新規盛土造成地で、住宅の建築後に周辺地盤が沈下することが想定される場合は、基礎底面と地盤が分離する可能性があるので、同様のことを考える必要があります。
以上のように、各々の住宅によって、基礎底面と杭頭部や地盤との接触状態は変化するので、それぞれの状況に応じて滑動に対する検討方法を考える必要があります。
図⁻3で示したように、杭頭部に回転力や滑動力が作用すれば、杭は曲がります。杭の水平方向の抵抗力は、この曲げに対する抵抗力のことを表しています。杭は、杭本体の曲げに対する硬さ・強さ及び地盤の横方向の硬さ(水平地盤反力係数)によって、回転力や水平力に抵抗します。
この水平地盤反力係数は、SWS試験結果からでも推定することが可能ですが、液状化する地盤では、この係数を大幅に低減する必要があります。このため、杭側方地盤が地震時に液状化するか・しないかは、杭の設計では、大変重要なことなのです。
さらに、住宅の近くに擁壁がある場合も、水平地盤反力係数の低減を行う必要があると考えられます。地震時の擁壁の安定性が不明の場合は、水平地盤反力係数は、液状化発生時と同様に大幅に低減しておく必要があります。
住宅のことだけ考えていても、住宅の耐震性は確保できません。
住宅は、地盤に支えられているので、住宅の下の地盤が安定した状態になければなりません。住宅が近接する擁壁が倒壊すれば、住宅への影響が出ることは明らかです。
また、杭頭部に作用する回転力のことを考えていなければ、地震後に杭頭部が破損しているかもしれません。
擁壁の倒壊を見越して杭を設計していれば、住宅の安定性を確保することができるかもしれません。
このように、ちょっと空想するだけで、住宅のことだけ考えていても、住宅の耐震性を確保できないことが分かります。
「地震力のことをまともに考えると家が建たない」
「建物以外のことは分からない」
残念ながら、こんな声を耳にすることもありますが、必要なものを知りながら、「売りやすい」から低性能の住宅を販売するのでしょうか?せめて説明責任は全うして頂きたいものです。
神村真