私は、もうずいぶん前に、自宅として木造戸建て住宅を建てました。
満足いく住宅でしたが、次建てるときは耐震等級3以上で建てたいと考えています。
なぜなら、中越沖地震、東日本大震災やその後の多くの大地震を通して、「基準法レベルの耐震性ではまずい」ということを実感しているからです。
これまでも、耐震等級3の必要性について、何度か触れてきましたが、今回は、地震動そのものに目を向けて、耐震等級3の必要性について考えたいと思います。
図-1に、1995年兵庫県南部地震で多くの建築物被害が出た地域(JR鷹取)と2011年東北地方太平洋沖地震で最大加速度を記録した築館での加速度応答と周期の関係を示します。
このグラフは、どの周期の揺れが、どの程度の加速度だったのかを示したものです。
築館では、周期が0.3~0.5秒付近に応答のピークがあり、細かい揺れであったことが分かります。
一方、JR鷹取の記録では、1.25秒付近に応答のピークがあり、築館よりもゆっくりとした揺れであったことが分かります。
【参照】
公益社団法人日本地震工学会 HP コラム 地震動の強さとは
https://www.jaee.gr.jp/jp/stack/column/column34/
図-1 東北地方太平洋沖地震での最大加速度記録地(築館)と兵庫県南部地震で建物被害が顕著だった地域(鷹取)での加速度応答スペクトル
この図で、加速度(縦軸の値)が鷹取よりも築館の方が大きいので、建物被害も築館の方が激しかったのではと思いがちですが、建物被害は、鷹取の方が築館よりも顕著でした。
図-2は、図-1と類似の図で、縦軸に速度応答をとったものです。
図中には、2011年の東北地方太平洋沖地震での築館(MYG004)での記録と、建物被害が多かった古川(MYG006)、仙台(MYG013)、古川中心部(489)の記録が示されています。
また、比較のために、建物被害が多かったことで知られる1995年兵庫県南部地震でのJR鷹取、2004年新潟県中越地震での川口町での記録も示されています。
この図からも、建物被害が多かった地震では、速度応答がピークを示す周期が1~2秒付近であることが分かります。
【参照】
源栄正人:東日本大震災における地震動と建物被害の実態と教訓, 東日本大震災に関する技術講演会論文集 -巨大地震・巨大津波がもたらした被害と教訓-, pp.21-39, 2012.
図-2 過去の地震で建物被害が多かった地域での応答スペクトル(参考文献))
以上のことから、建物を破壊する地震は、加速度や速度の大小だけではなく、「卓越周期が1~2秒付近にあるもの」だということが分かります。
このため、周期が1~2秒の振動のことを「キラーパルス」と呼ぶことがあります。
木造住宅の固有周期は、0.2~0.5秒だと言われていますが、破壊間近の木造住宅の固有周期は1~2秒になります。
先に述べたように、建物の被害を大きくする地震の卓越周期は1~2秒。
このように、破壊間近の木造住宅の固有周期と地震動の卓越周期が一致する時、建物被害が多く発生しているのです。
なお、周期1~2秒付近に高い応答を示す地震動には、当然のことながら、破壊前の建物の固有周期(0.2~0.5秒)と同じ周期の振動も存在します。
このため、速度応答や加速度応答が大きく、周期1~2秒付近に卓越周期を持った地震が、建物を破壊するのです。
境(2009)は、「1995年兵庫県南部地震では、1秒程度のパルス1波で多くの建物が甚大な被害を受けた」と記しています。
【参考文献】
境有紀:地震動の性質と建物被害の関係, 日本地震工学会誌, No.9, pp.12-19, 2009.
このことから、大地震時には、わずかの破損を許すことで、建物が大破・倒壊する可能性があることを示しています。
さて、卓越周期が1~2秒の地震動を、生み出す一つの原因は、比較的新しい堆積層(完新世地層)の存在です。
基盤面という硬い岩盤の上に、軟らかく若い地層が堆積している場合、岩盤から入力された地震波は、この軟らかい地層内で反射し、増幅されていきます。
このため、この軟らかい地層の固有周期が1~2秒程度の場合、地表面での地震動は、卓越周期が1~2秒程度になります。
では、この軟らかい地層が、住宅にとって弱い地盤なのかというと、決してそうではありません。
図-3(i)に1995年兵庫県南部地震での建物被害状況の分布図を、図3(ii)には、この付近の土地条件図を示します。
【参照】
内閣府HP 阪神・淡路復興対策本部事務局:阪神・淡路大震災復興誌
第1章 阪神・淡路大震災の概要と被害状況, pp.1-10, 2000.
(i)建物被害の分布
国土地理院 地理院地図 より
(ii)地形分布
図-3 兵庫県南部地震での建物被害分布と地形
図-3(i)から、JR鷹取駅周辺から東西方向に赤い色(全壊または大破を示す)が広く分布していることが分かります。
一方、図-3(ii)から、被害が激しかった地域は、茶色っぽい色で塗られています。
この色は、「扇状地」であることを示すものです。
扇状地は、砂礫が堆積しており、低地の軟弱な粘性土に比べれば、住宅の荷重を支持するためには、比較的良好な地形に当たります。
図-4に鷹取駅の南に走る阪神高速道路の建設時のボーリング調査結果の一例を示します。
この図からも、地表面付近から深度3m付近まで、N値が3程度の砂層が確認できます。
スクリューウエイト貫入試験結果に換算すると、N値が3の地盤は、Wswが1kN、Nswが約15なので、住宅を支える地盤として問題ありません。
もっとも、地表面付近に地下水位があるので、液状化の可能性が高い地域と言えそうですが。(兵庫県南部地震では、この地域での液状化被害は確認されていません)
国土地盤情報検索サイト KuniJibanより
http://www.kunijiban.pwri.go.jp/jp/service.html
このように、SWS試験結果のみから、住宅地盤として「良い(強い)」と考えられる地盤だからと言って、地震によって住宅が破損する可能性が低いとは言えないのです。
兵庫県南部地震以降、岩盤の上に堆積する若い地層によって地震動が増幅されること、また、それによって建物の被害が大きくなること等が、広く知られるようになりました。
2016年の熊本地震でも同様のメカニズムで建物被害が顕著であったと考えられています。
このことと並行して、「地盤が良ければ、増幅の影響は小さく、住宅被害は小さい」という考えも広がっていったようです。
この考えは、決して間違いではないのですが、今回確認したように、スクリューウエイト貫入試験結果のみから、地盤が「良い」という程度では、増幅の影響は小さく、地震被害を受ける可能性は低いと考えることはできません。
建築基準法で想定している地震は、震度5強程度(水平加速度は200gal)であり、より大きな地震が来ると、住宅は何らかの被害を受けることは、以前お話をしました。
この観点から、近年計測される震度6強を超える大地震に耐え抜くためには、建築基準法で想定している地震よりもより大きな地震を想定して住宅を設計する必要があります。
ですから、地盤が良いなら、「大きな地震に備えて耐震等級3とする」。
地盤が弱いなら、「耐震等級3でも足りないかもしれない」と考えて、地震保険や維持管理費の積立をして、地震に備えることが望ましいでしょう。
「どんな地震が、いつ来るか」は、誰にも分かりません。
消費者は、「被害を受けたら、我が家の経済にどのような打撃を受けるのか」を考えた上で、耐震等級3の採用を考えましょう。
設計者や住宅の営業担当者は、根拠なく「耐震等級3不要論」を論じることは控えましょう。
神村真