「水田跡地に造成された真新しい盛土地に建設された住宅が、地盤補強工事をしていたのに不同沈下する」
この数年、こういう不同沈下事故をよく目にします。
「水田跡地」の不同沈下リスクが高いことは、少し地盤を学んだ人ならだれでも分かることです。このため、私は、原因調査の初期段階から、「なんで、こんな判断をしたのかな?」と思わずにはいられません。
しかし、そのような判断に至るには、いくつかの要因があり、必ずしも「全く理解できないこと」ではありません。
ここでは、水田跡地等の軟弱な地盤上に作られた真新しい盛土造成地での不同沈下の可能性を踏まえて、地盤調査や沈下対策方法の検討時に、「どのような注意」が必要かについて考察します。
水田跡地を盛土することで住宅地とする造成地をしばしば見かけますが、このような盛土地では、住宅が不同沈下がすることがあります。これは、水田跡地が、谷底平野や後背低地、旧河道等の軟弱な地盤が厚く堆積する地形であることが多いためです。以下に、水田跡地の新しい盛土造成地の危険性を三つの項目に着目して示します。
図⁻1は、軟弱地盤上に盛土を建設した場合に、盛土が沈下する様子を表した模式図です。この図に表すように、水田跡地の軟弱な粘性土層上に建設された盛土は、その自重によって沈下します。
図⁻1に示すように、盛土自重が地中に伝わる深さは、住宅自重が地中に伝わる深さよりも、はるかに深いのです。このために、盛土自重による沈下量は、住宅自重による沈下量よりも大きくなります。
このため、住宅の沈下対策を考える時に、盛土自重による盛土自身の沈下を想定しないければ、たとえ沈下対策を行っていても住宅は沈下します。
この沈下の場合、建物自重による不同沈下ではないので、瑕疵保険や地盤補償が使えなくなる可能性があります。
軟弱な地盤の大部分が粘性土の場合、この沈下は、「圧密沈下」が主となるので、沈下の終息には一定の期間(数か月から数年)が必要になります。
もしも、盛土による沈下が終息する前に、住宅を建設したら「どんなこと」が起こるでしょう?
盛土自重による沈下を考慮した沈下対策を行うことで、住宅の不同沈下は避けられますが、その周辺の地盤は継続的に沈下します。このため、基礎底面と地盤の間に隙間が生じる、外構が沈下する、下水管が逆勾配になり、排水がうまく流れなくなる等の障害が発生します。
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また、盛土荷重が大きい場合や腐植土等の特殊な土が堆積している場合、通常の圧密沈下が終了した後に、再びゆっくりと沈下が始まることがあります。このような沈下は、進行が遅く、数年から数十年に及ぶ場合があります。このため、新規盛土地での地盤調査やその結果の評価に当たっては、慎重な対応が求められます。
私が近年調査に関わった不同沈下住宅は、全て、「水田跡地の新しい盛土造成地」にありました。そして、そのいずれにおいても、図⁻2に示すような「特徴的なSWS試験結果」を示していました。
図⁻2の左側のグラフがSWS試験結果で、右側はボーリング調査時に行った標準貫入試験結果です。標準貫入試験結果は、赤の横線の深度付近からGL-10m付近まで、N値が0~1で、「地盤が軟弱」であることを示しています。しかし、SWS試験結果では、計測値はWsw=1kN線より右側にあり、「比較的良い地盤」であることを示しています。
このように、SWS試験は、標準貫入試験結果と真逆の結果となることがあります。これは、しばしば取り上げる現象で、図⁻3に示すように、ロッドに土が接触することが原因と考えられます。
このことは、水田跡地の新しい盛土地では、SWS試験では「沈下の危険性を察知できない可能性がある」ことを示しています。
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図⁻4は、新しい盛土地に地盤補強を行った場合に生じる問題を表した模式図です。ここでは、補強体の先端地盤として、層厚が薄いものの、換算N値がやや大きい地層を選択したと仮定します。この薄い地層を補強体の先端地盤とすることは、しばしば行われることです。補強体の先端地盤を、深部の安定した地層に設定すると、工事費用が大きくなるためです。
このような地盤補強仕様を、新しい盛土地で採用すると、以下の三つの問題が生じます。
まず、一つ目の項目(負の摩擦力)について見ていきましょう。
図⁻4の右側の図に示したように、盛土自重によって補強材の周面地盤は沈下を続けているので、補強材は、周辺地盤によって下方に引っ張られます。この時、補強材周面に作用する力を「負の摩擦力」と言います。この「負の摩擦力」は、通常の補強材の設計では考慮しません。
次に、二つ目の項目(負の摩擦力による先端支持力不足)について見ていきましょう。
上述のように、設計段階で考慮していない「負の摩擦力」が作用することで、補強材の先端支持力は不足することになります。
さらに、三つ目の項目(先端支持層の誤認)について考えていきましょう。
図⁻2のようなおかしなSWS試験結果が得られた場合、赤色の横線以深の地層を、補強体の先端地盤に選択してしまうことがあります。この場合、SWS試験結果は、実際の地盤の強さを過大評価しているので、補強体は建物荷重を支えきれず沈下が発生します。特に、負の摩擦力が作用する場合は、想定以上の荷重が作用すので、先端支持力が全く足りない状態になるので、住宅は沈下します。
以上のことから、水田跡地の新しい盛土地では、以下の3項目を確実に把握しておく必要があります。
圧密沈下の終息は、対象地で地表面の沈下量を長期間計測するか、乱れの少ない試料を採取し圧密試験を行うかしか方法がありません。
また、負の摩擦力の作用は、圧密沈下が終息していないことを知らなければ予想することができません。
さらに、安定した地層の出現深度は、SWS試験結果で推測可能ですが、図⁻2に示したように、SWS試験に深刻な計測誤差が含まれる可能性があります。このため、水田跡地の新規盛土地では、SWS試験では、安定した地層の出現深度を見誤る可能性があります。
以上のことから、私は、「水田跡地の新規盛土地では、SWS試験のみでは、不同沈下リスクを適切に評価できない」と考えておくことが賢明だと考えています。
このことから、水田跡地の新しい盛土造成地では、SWS試験結果のみから沈下対策方法を決定するのなら、以下のような地層を見つけ出し、これを補強材の先端地盤とすることが望ましいでしょう。
しかし、地形によっては、SWS試験の適用限界とされる深度10mまでの間に、上記のような地層を見つけられないこともあります。その場合は、ボーリング調査(標準貫入試験)やラムサウンディング、微動探査等の調査技術を用いて、住宅荷重を安定して支持することが可能な地層を探す必要があります。
2.で示したように、水田跡地の新しい盛土造成地では、継続的な沈下の可能性に加えてSWS試験結果に含まれる誤差の影響があるので、SWS試験結果のみに基づく地盤補強工事の経済性の追求は難しいと言えます。
であれば、負の摩擦力が作用しても、確実に住宅を支えることができる地層を見つけ出し、その地層を先端地盤とした杭状補強体を地中に作ることが最も安全な方法となります。しかし、これでは、杭の長さが長く、地盤補強工事費用が高額になります。
これをカバーする方法の一つが、補強体(以下、杭と呼びます)の施工位置を、従来の経験的な方法ではなく、構造計算に基づき定めることです。
現在、杭の施工位置は、地盤改良業者が経験的なルールに基づいて決定しているので、相当安全側の杭配置計画となっています。一方、 主筋の仕様変更も視野に入れて、構造計算に基づいて杭配置を検討すれば、杭の本数は大幅に低減可能です。
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地盤を専門とする私としては、詳細な地盤調査を行い、圧密沈下の継続の可能性やその際の負の摩擦力を正確に把握し、杭の仕様を決定することをお勧めしたいところです。しかし、杭1本の支持力を正確に導いたところで、配置計画の精度が低ければ、詳細な地盤調査を行うことで得られるメリットは、打ち消されてしまいます。
であれば、水田跡地の新規盛土地では、沈下が継続していると仮定して、以下のステップで杭仕様を決定した方が安全かつ経済的でしょう。
もちろん、図⁻2のようなSWS試験結果の場合、標準貫入試験等で、安定した地層の出現深度を確認する必要がありますが。。。
水田跡地の新規盛土は、盛土自重による沈下の可能性が大きく厄介な場所です。盛土自重に起因する不同沈下は、地盤補償や瑕疵保険でカバーできない場合があるからです。
この事実だけでも、相当に危険な宅地ですが、それを知らない消費者が、そのような土地を購入してしまいます。また、新規盛土の危険性について十分な知識を持たない人たちが、宅地開発を進めています。
こういう場所で家づくりをする場合は、覚悟が必要です。通常の宅地とは異なり、建物自重以外の沈下リスクが明確に存在するのですから。
そのためには、通常の宅地とは少し違う考え方で取り組む必要があります。今回のブログが、その助けになればと思います。
神村 真