• 地盤の専門家神村真による宅地防災の情報発信サイト

電車で郊外に向かう時、水田にせり出すように開発されたの盛土造成地を目にすることがあります。

こういう盛土造成地のすべてが危険な土地ではありませんが、場合によっては、「不同沈下事故が起きやすい土地」であることがあります。

今回は、こういう、水田跡地の盛土に家を建てる時に知っておきたいことを三つにお伝えしたいと思います。

  1. 水田利用が始まるまで
  2. 水田から宅地へ
  3. そして住宅建設
  4. まとめ

1.水田利用が始まるまで

水田跡地の盛土地に家を造る場合に知っておくべき三つのことをお話する前に、水田が広がる場所は、どんな地形で、どういう状態なのかを見ていきましょう(とにかく「三つのこと」を知りたい人は、3.そして住宅建設にジャンプしてください)。

日本では、稲作は水田で行われることが一般的です。「水田」と簡単に言っていますが、稲作の工程の大部分(5月から9月頃まで)の間、水を切らしてはいけませんし、大量の水を労力をかけることなく集めなければなりません。

このような条件には、河川近傍の低地がぴったりです。図⁻1は、河川付近の低地で想像できる断面図を示したものです。

図⁻1 河川付近の地形と地層断面の模式図

河川の浸食、運搬、堆積という作用によって、河川の周辺の地形は作られます。洪水時に河川の最も近くにとどまるのは粒子径の大きい土です。これが自然堤防を形成します。自然堤防の内側には、泥水が広く撒き出され、粒子径の小さい泥が沈殿していきます。これが氾濫平野です。氾濫平野の中には、湿地化する場所もあり、水際植物が繁茂します。このような地形を後背湿地と呼びます。このように、河川近傍の土地は、水はけの悪い泥(粘性土)が堆積していて、水の確保が可能な、稲作に適した土地なのです。

1970年代から、この水田が宅地として開発され始めました。水田利用されていた土地は、その地形が形成されてから、地下水位の年間変動と時々発生する洪水以外の変化はなかったわけですが、このことが、水田跡に盛土すると大きな沈下が発生することと関係します。

この時の地中内応力の模式図を、図⁻2に示します。

図⁻2 河川近傍の土地の形成と地中内応力の変化

堆積地盤の始まりは水の中から始まります。流れの緩やかなよどみや、氾濫後に泥水がたまった地域では、泥水が次第に沈殿し、地盤を作りだします。

日本には四季があるので、毎年洪水が起こって土砂が供給されますので、泥水の下に溜まっていく泥の層がだんだん厚くなっていきます。川の近くの地盤は、このような繰り返しを何百年、何千年も繰り返してカタチ作られたものです。つまり、稲作時代前の地盤は出来立てホヤホヤで、まだまだ弱く、軟らかい状態にあります。

一方、四季があるということは、年間を通して雨の量が変化するということです。このため、地下水位は、一年を通して変動するので、地表面から地下水位までの地盤の内部応力は、1年を通して増減を繰り返します。

冬場は雨が少ないので、地下水位が低下しますから、地盤に浮力が作用しなくなります。このため、地盤は重くなり、冬場に圧密沈下がやや進行します。一方、夏場は雨が多いので、地下水位がしますから、地盤に浮力が作用します。このため、地盤の重量は軽くなり、圧密沈下が落ち着きます。こういうことを繰り返していると、地下水位以浅の地盤は、やや強い地盤となっていきます。

2.水田から宅地へ

都市に近い地域は1950年代から、地方でも1970年代になると、全国各地で水田が次第に宅地に変っていきます。水田に直接家を建てることはできないので、水田を埋め立てます。この時の地中内応力の変化を図⁻3に示します。

図⁻3 水田跡地に盛土した時の地中内応力の変化

水田利用されている間にも、地表面付近の地盤は、地下水の上下運動によって鍛えられていたのですが、ここに新たな重さである盛土がされることで、地盤の応力状態が書き換えられます

盛土自重は、今までに受けてきた地下水位変動による地盤の自重増加よりもはるかに大きな荷重なので、地中内応力は、今まで経験したことのない状態になります

人間は、未経験のことに順応しようとする時、強いストレスを感じますが、次第に環境に適用して、ストレスに耐えられる状態になりますね。地盤も同じです。未経験の地中内応力(ストレス)によって、地盤は「圧密沈下」することで、そのストレスに耐えられるように「強く」なっているのです。

圧密沈下が落ち着くのに要する時間は、地層構成によって大きく変わります。

おいしいお米ができる田んぼは「水はけ」がよいと言いますが、粘性土層が比較的薄く、粘土層下に砂層があるのでしょう。こういう地層構成なら、旧地表面と粘性土層の底面の両面から排水が進むので、圧密沈下の収束は比較的速いものです。おそらく、こういう水田は、稲作が終わると比較的短期間で地表面が乾燥する「乾田」に区別されていたのでしょう。一方、かつて、「沼田」とか「水田」に区別されていた、冬になっても水が抜けないような水田は、沈下が長期化することが予想されます。

【参考になるweb上の記事】
国土地理院 ことばのミニ辞典 近代測量150年特別編③ 「地図記号」
https://www.gsi.go.jp/kohokocho/minidictionary_00001.html

ちなみに、「沼田」なのか、「沼田」ではないのか?を知りたい場合は、古い地図を見れば分かります。下のサイトは、古い地図と新しい地図を同時に確認できる便利なサイトです。 上の参考記事に示されているように、昔の地図では、水田を、「乾田」、「水田」、「沼田」の三種類に分類しているので、すぐに区別がつきます。

【参考になるweb上のサービス】
時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」
埼玉大学教育学部 谷 謙二(人文地理学研究室)
https://ktgis.net/kjmapw/index.html

なお、圧密沈下について詳しく知りたい方は、以下のブログ記事をご確認ください。

3.そして住宅建設

2.で示したように、水田跡地に盛土すると、盛土の重さで圧密沈下が始まります。これは、地盤が盛土の重さを支えるために必要な変化です。しかし、土質によっては、沈下が長期化します。こういう宅地は、沈下が収まっていようがいまいが、家の重さで沈下が発生する可能性が高いと言えます。

なぜなら、家の重さは、盛土の重さと同様に、地盤にとっての新たな「ストレス」だからです。

「その程度のことは、地盤調査をしているから分かるのでは?」という疑問が湧いてくると思いますが、さて、どうでしょう?もしそうなら、私のような弱小コンサルタントに、毎年数件の相談が来るでしょうか?盛土地の危険性を認知できない理由は、以下の3点にあります。

逆の方向から見れば、以下の3点を理解していれば、水田跡地の盛土地でも安全に家を造ることができるのです。

(1)盛土下地盤の状態を理解している人は意外に少ない

「水田跡地の盛土は「ヤバい」」ということが常識になっていれば、造成後、すぐに宅地として販売しないハズだし、販売していても、そんな土地誰も買わないですよね。ところが、こういう造成地は、造成直後に販売されているし、家が建っています。つまり、土地を開発する不動産屋さんは当然として、建築士でさえ、水田跡地の盛土地の危険性をよく分かっていないのです(もちろん、よく理解された建築士もおられます)

【参考】圧密沈下のメカニズム等をもう少し知りたい方は、こちらの記事が参考になると思います。

(2)適切な対処方法を知っている人も少ない

水田跡地に盛土したことで、地中の深部まで「まっさらな(正規圧密)状態」なので、家の重さによる沈下の発生は当然です。しかし、こういう土地では、盛土自重による沈下が継続しているのか?していないのか?によって、対策の内容が大きく変化します。このため、沈下継続の有無を確認するための調査や、沈下が継続している場合の対策方法の検討に必要な土質試験の実施が必要になります。こういうことは、土地を見た段階で決断すべきことなのですが、「通常とは異なる余計なお金のかかること」を、「必要だ」と言い切るだけの知識を持った建築士は、住宅分野にはあまりおられないように思います。

【参考】新規盛土地での地盤対策についてもう少し知りたい方は、こちらの記事が参考になると思います。

(3)SWS試験が地盤の貫入抵抗を正しく計測できない場合がある

SWS試験は、「沼田」のように地盤が非常に弱い場合、ロッド周辺が土と接触してしまい、貫入抵抗が過大評価されることがあります。この現象によって、本当は軟弱で弱い地層が、やや強い地層に見えてしまうことがあります。

図⁻4 SWS試験が貫入抵抗を過大評価する原因

水田跡地の「ヤバさ加減」を知らない人は、この調査結果に惑わされて、杭状地盤補強の長さ設定を誤ります。そうすると、せっかく地盤補強をしていても、家は傾いてしまいます。

【参考】SWS試験の使用上の注意点をもう少し知りたい方は、こちらの記事が参考になると思います。

4.まとめ

さて、水田跡地の盛土の難しさをご理解いただけたでしょうか?

このように、水田跡地の盛土に家を建てるなら、次の三つのことに注目する必要があります。

①沼田・水田だったのか?
➁沈下は継続しているのか?
③SWS試験結果は地中の強さを適切の評価できているのか?

この三つのことを確認し、それぞれに対処できれば、水田跡地の盛土でも、安全な住宅の建設が可能になります。ただし、こういう軟弱地盤の厚い地域は、地震時に大きく揺れることが考えられます。このことを想定して建物の耐震性能を考えることも必要です。

神村真



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